646.ニワトリたちは何をやっているのか

 今回は四羽とも林というか、北東の森の方へ駆けていったらしい。

 何もいないことを祈るばかりである。


「佐野君、そういやあっちの、なんだ? ばあさんが礼を言ってくれっつってたぞ」

「え? なんのことですか?」

「ほら、前にハクビシンを見つけてニワトリたちが狩ってくれただろう」

「ええ、そういえばそんなことがありましたね」


 いつだったっけかなと思い出す。確か冬だった気がする。


「あれのせいか今年は果樹に被害がほとんどないらしいぞ」

「じゃあやっぱり狩ってよかったですね」


 あっちのばあさんというと、ブルーベリーを栽培しているお宅だろう。昨年の夏、ユマと相川さんと共にブルーベリー狩りを少しさせていただいたのだ。そういえば今年はなんだかんだ忙しくてお邪魔しなかったな。さすがにもうブルーベリーも終わりだろう。

 お昼ごはんを食べ終えて、縁側でお茶を啜る。田んぼがあって、畑があって、その端に家がポツン、ポツンと点在している。

 のどかな光景だった。

 こんな暑い時間でも虫は元気で、ジーワジーワと鳴いている。セミの声を聞くと余計に暑く感じられるんだよな。


「ちょっと見てきますね」


 相川さんはリンさんの様子を見てくるようだ。窓を開けてあるとはいえ暑いしな。


「タバコ、いいか?」

「いいですよ」


 陸奥さんがタバコを吸う。別に俺に断らなくてもいいと思う。自分ちなんだし。


「……あんまりこういうこたあ言いたくねえんだけどよ」

「はい?」

「相川君にはカノジョがいるが、佐野君はどうなんだ?」

「あー……」


 ここで下手な返答をしようもんなら誰かを紹介されたりとかありそうなので、曖昧に空を見上げるようにして誤魔化した。


「悪いな。忘れてくれ」

「いえ……」


 俺の態度に、陸奥さんは何か感じ取ってくれたらしかった。すみません。もうそういうこと、当分考えたくないんです。

 それに、俺はもうニワトリたちとの生活が大事だから、ニワトリを優先してくれる人でないとダメだ。こういう思考が出会いを狭めてるのかもしれないけど、本当に求めてないんだよなぁ。

 相川さんが戻ってきた。


「大丈夫でした?」

「はい」


 相川さんは苦笑していた。こういう時ってリンさんから付いてくるって言ってるのかな。


「もう帰るのか?」

「いえ、ニワトリたちが戻ってきてからですね」

「そうだなあ」


 陸奥さんに聞かれて素直に答えた。ニワトリたちなんて影も形も見えない。みな森の中にいるのだろう。きっと森の前で声をかけたって聞こえないに違いなかった。だからもう、待つしかないのである。


「なんか狩ってくれりゃあいいんだがな」


 陸奥さんがタバコを咥えたままニヤリとした。


「や、やだなぁ、やめてくださいよ……」


 それで思い出した。


「あ」


 まずいかもしれない。

 今日は宴会はないと言ったけど、何も狩ってくるなとは言っていなかった。

 いやいや、そんな簡単にイノシシとかシカとか狩れるもんじゃないって。山には登るなって言われてるんだから大丈夫なはず……。

 だよな?

 嫌な汗が背を伝った。残暑のせいだと思いたい。


「……ちょっと怖いんで、見てきます……」

「それがいいかもしれませんね」

「待ってろ、俺も行く」


 陸奥さんはタバコの火を消すと、ロープや袋も持ってきた。それ、うちのニワトリがなんか狩ってくる前提で準備してません? 思わずじーっと見てしまった。


「なんだ? 準備はしとくに越したこたあねえだろ?」

「何も捕ってこないことを願いますよ……」

「捕ってこなきゃこねえでいいんだ。備えあれば憂いなしってな!」


 陸奥さん、相川さんと共に森の方へ向かう。森の側にあった小屋は今は解体され、更地になっていた。


「ポチー、タマー、ユマー、メイー!」


 聞こえないとは思ったが、一応森の中へ声をかけてみた。少し待ってみたが、虫の声や他の鳥の鳴き声は聞こえるが、ニワトリたちからの返事はない。

 けっこうこの森は範囲が広いんである。


「……ここで待ってみるか?」

「その方がいいでしょう」


 陸奥さんの言に相川さんが同意する。確かに、下手に入っていって入れ違いになってしまっても困る。どうしたもんかなと思っていたら、メイが何かを咥えて戻ってきた。


「あれ? メイー?」


 近づいてきてわかった。川魚のようである。よく見るとメイはところどころ濡れているらしく、羽があっちこっちへ飛んだようなかんじになっていた。


「川へ行ったのか?」


 確かに森の北側は川だけど、今日は魚捕りでもしていたのだろうか。ニワトリってホントなんでも食うなぁ。

 メイがまだたまにピチピチしている魚を咥えたまま俺を見る。いる? と聞かれているみたいだった。

 アユかな? これぐらいの大きさの川魚ってなんだかよくわからない。


「食べていいよ」


 と言ったら嬉しそうにガツガツ食べ始めた。うん、ギザギザの歯が怖いな。


「おー、メイちゃんは魚捕りか。うまそうなのが獲れてよかったな」


 陸奥さんがにこにこしていた。

 うん、魚捕ってるぐらいならいいんだよ。でもそこの川って、釣りとか勝手にしていい川なんだっけ? 前にそういえばアイガモをニワトリたちが捕ってきたことはあったけど、そこの川なんだろうなと思った。



次の更新は9/1(金)です。よろしくー

9/1はコミカライズ第9話の公開日ーの予定でしたが9/15になります。

予定は未定だったー!


 ブルーベリー狩りの様子は「山暮らし~」2巻に収録されいます。興味を持っていただけましたら是非読んでみてくださいねー♪(webのみでも十分お楽しみいただけるように書いていますが、書籍も合わせるともっと楽しめるよ! という仕様です)


サポーター連絡:昨日限定近況ノートを上げました。読んでいただけると幸いです

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