637.夏の終わりのシシトウが辛いのは

「うっそん」


 思わずそんな声が出た。何この数字、というかグラフ。

 家に戻り、相川さんにスマホの画面を見せてもらって、新手のドッキリかなと思った。それぐらいとんでもなく仮想通貨が上がっていた。

 運用って、こんなにうまくいくものなのか? これはどう考えても相川さんに頼んでるからだよな?


「こ、これ……いきなり下がったりしませんよね?」

「そういう時もあります」

「ひえええ……」

「ですから、ある程度の基準まで上がったら換金するようにはしていますよ」

「ありがとうございます……」


 もう任せっぱなしである。頭が上がらない。


「佐野さん、確認ですけど」

「はい」

「風呂場の増築はもちろん浴槽も含めてだとは思うのですが、全て合わせて百万円も出していただいていいんですか?」

「え、ええ……それぐらいは、必要かなーって」


 家の壁を壊して改めてそこに壁を作ったりするわけで。実際百万で足りるのかどうかも未知数だ。

 相川さんは少し考えるような顔をした。


「……それだけあればヒノキ風呂も用意できそうですね」

「……ヒノキ風呂って確か手入れがたいへんだったような……」


 相川さんがにっこりする。


「ユマさんたちが喜びますよ、きっと」

「うっ……」


 それを言われると弱い。ヒノキ風呂の手入れの仕方とか調べないといけないだろうな。まぁヒノキ風呂はともかく、風呂が広くなったら確かにユマが喜んでくれそうだ。一緒に湯舟に浸かれないことは理解してくれているみたいだが、俺が身体を洗っているとじーっと俺のこと見てるもんな。共に入れていた頃はそんなに気にしていなかったと思う。うん、やはり広い風呂は必須だ。


「がんばります……」


 できるだけ。

 今はなんでもネットで検索できるし。(情報の精査は必要)


「材料は基本持ち寄りでできるはずなので、それほど金額はかからないかと思いますが……備えあれば患いなしですよね」

「はい」


 もうかかる前提で考えていればいいのだ。


「あ、お昼ご飯準備しますね。いいかげんで申し訳ないですけど……」

「いえいえ、おかまいなく」


 相川さんは上機嫌だ。人んちの風呂を増築するとか、参道の整備とかするのに機嫌がいいってなんなんだろうな。やっぱりでっかい工作? 自分たちのところはもう手を入れまくっちゃったから、これ以上はやることがないとかそういうことなのかな。俺はあんまりやりたいとは思わないんだけどなぁ。

 ま、そこは人によるか。

 お茶と漬物を出して待っていてもらう。

 汁はすでに作ってある。トマトときゅうりの薄切りの中華っぽいスープだ。あとは豚肉の生姜焼きとタマユマのでっかい目玉焼きである。(一緒にシシトウも焼いた)それにトマトときゅうりを添えただけだ。なんともいいかげんなごはんである。


「おいしそうですね、いただきます」

「こんなものですみません」

「何を言ってるんですか。ごちそうですよ」


 夏のトマトは生のままかぶりつくのが一番だと思う。夏は暑いし、虫がぶんぶん飛んでるし、雑草は元気に生えるしで嫌だけど、作物の実りは素晴らしい。ま、うちは今小松菜ときゅうり、それとシシトウぐらいしか植えてないんだけど。畑の周りに植えたマリーゴールドはニワトリたちがつついていたりする。


「かっら!」

「シシトウ、けっこう辛いのありますねー」


 夏の終わりだ。って暦の上ではもう秋なのか? 収穫したシシトウの半分ぐらいが辛くなってきた。


「なんで辛くなるんでしょう?」


 まだ採れるんだけど、見た目で辛さがわからないのが困る。


「長く生育していると辛くなることもあるみたいですけど、佐野さん、水やりっていつしてますか?」

「え? 朝ですけど?」

「シシトウの場合は夕方にやった方がいいですよ。最近夜暑くて寝苦しいなんてことありませんか?」

「あー、たまにありますね」


 そういえば最近は汗だくで起きることが多い。居間では夜間もエアコンを付けているが、俺の部屋は付けたり付けなかったりである。(ニワトリの方が俺にとっては大事だ)


「熱帯夜が続くと辛くなることがあるらしいです。夕方に水やりをして、気化熱で下げてあげた方がいいかもしれません。とはいえ、それだけが原因ではないかもしれませんが」

「やってみます。ありがとうございます」


 水やりも毎日しているわけではないから、もう少し小まめにやってみようと思った。相川さんさまさまである。


「そういえば、従弟から連絡があったんです」

「え」


 従弟というと例の本宮さんのことだろうか。


「……本気でリエさんを口説きに来るつもりでいろいろ手を回しているみたいです」

「えええ」


 そうだよなとも思う。まだ若いんだし、自分で山を買ったわけでもないんだから、桂木妹は街へ戻った方がいい。


「リエちゃんが幸せになるなら、それが一番ですよね」

「そうですね」


 二人で情けなく笑った。なんとなく、寂しく感じたのだ。

 そうしたら、家のガラス戸がカラカラと音を立てた。ユマとメイが自由に出入りできるようにと少し開けてあるのだ。振り向くと、ユマとメイが家に入ってきた。


「サノー」


 ココッとメイが鳴く。


「お、ごはんか? 青菜ならあるぞー」


 一応ボウルに青菜は切って入れてある。それを準備していたら、ユマがコキャッと首を傾げた。メイも真似して首を傾げる。その姿を見るだけで癒される。


「ユマ、メイ、どうしたんだ?」

「サノー?」


 台を用意してその上にボウルを置く。羽を撫でて、二羽に食べるよう促した。


「ダイジョブー?」


 ユマに聞かれてまた羽を撫でた。

 ユマってなんていろいろ敏い子なんだろうなぁ。


「うん、俺は大丈夫だよ。食べな」


 メイはもうつつき始めている。優しいニワトリたちがいて、暖かい人たちがいるから俺はもう大丈夫なんだ。

 手を洗ってから居間に戻って、お昼ご飯をまた食べたのだった。



次の更新は8/1(火)です。もしかしたら前後するかもしれません。その時はよろしくですー。

1700万PV記念どうしよー(まだ言ってる

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