632.中華のシカ肉料理もおいしいです

 動物たちみなレストランの裏手にある畑の側にいた。

 畑はいろいろ収穫した後らしく、食べられる物は残っていないように見えた。なんだか、根こそぎ採ったみたいだ。違和感はあったけど人んちの畑なので気にしないことにする。


「お待たせ~」


 畑の横にビニールシートが敷いてある。そこにボウルを置いていけばいいみたいだ。先に小さいボウルと大きいボウルを持たされた。小さいボウルに入っているのはメイの分である。待てない子どもの分を先に、とかよく考えてもらっていると思う。それがなんか嬉しい。

 大きいボウルにはいっぱい入っているからポチの分だ。群れのオスだもんな。

 相川さんはドラゴンさんの分とトラネコの分を抱えてきた。どちらもとても重そうだった。


「もうちょっと待っててくれな~」


 急いでもう二つのボウルを取りに戻った。こちらはタマとユマの分だ。

 持って行くと、みんな行儀よく待っていた。メイがそわそわしているのが見てとれる。トラネコだけが困ったように伏せていて、ポチが頭をツンと上げていた。うん、なんか群れの長っぽい。


「お待たせ、食べていいぞ~」


 苦笑して声をかけると、ポチを筆頭に食べ始めた。けっこう飛んでくるので相川さんと急いで避ける。


「足りなかったらレストランの方に声かけてくれなー」


 そう言ってレストランに戻った。


「佐野さん、相川さん、ありがとうございます」


 奥さんに礼を言われてしまった。


「いえいえ、うちの連中の分ですから。前回は運んでいただいてすみませんでした」

「給仕も私の仕事なので大丈夫ですよ。見た目より力はありますので」

「いえ、俺が来た時は俺にさせてください」


 それだけは俺も譲れないのだ。女性にあんな重い物を持たせるのは、俺が嫌なのである。


「花琳、料理ができたから運んでくれるかな。佐野さん、相川さんも座ってください。シカのシンタマを酢豚の味付けで作ってみましたので味わっていただけると嬉しいです」


 山唐さんに言われて腰掛ける。


「シンタマ?」


 聞いたことのない言葉だった。


「うしろ脚の前モモ(脚の付け根付近)に位置する肉のことをシンタマというんですよ。スジがなくておいしいモモ肉です」


 相川さんが教えてくれた。


「へえ~、シカ肉の部位なんですね。初めて聞きました」


 もちろん料理はそれだけではない。せっかくなのでとシカ肉のステーキも出てきた。シカのロース肉を夏野菜と中華風に炒めた料理も出てきたし、もうどれもこれもおいしかった。空心菜のニンニク炒めも最高です。

 やっとそこでユマタマの卵を持ってきたことを思い出し、それを奥さんに渡した。


「え? ニワトリさんたちの卵ですか? ありがとうございます! 虎雄さん、佐野さんから卵をいただきましたよ~」

「え? いいんですか?」


 山唐さんがわざわざ出てきた。


「はい、ほぼ毎日産んでくれるのでよろしければ食べていただきたいなと……」

「ありがとうございます。いただきます」


 恭しくいただかれてしまった。山唐さんの顔が嬉しそうに綻んでいる。奥さんと食べてもらえるといいな。

 ごはんの代わりにシカ肉を使った水餃子が出てきた。いくら皮が手作りでも水餃子がごはんにはならないと思っていた時もあったけど、すごい量が出てくるのである。スープ皿にごっちゃりと何皿分もある。うん、ごはんだなと今は納得している。


「中華料理ってなんでこんなにおいしいんだろー?」


 桂木妹がにこにこしながらもりもり食べている。桂木さんも幸せそうな顔をしていた。


「山唐さんの料理だからよね」


 トマトと卵のスープを飲んでほっとする。(タマユマの卵は使われていない。使ってほしかったなら事前に連絡をしておくべきである)今回は本当にシカ肉を沢山食べたと思う。シカ肉は脂身が少ないからさっぱりしている。そのままだとやっぱりジビエ特有の臭みはあるが、そこもしっかり下処理をされているからとにかくおいしかった。

 デザートに出てきた自家製の杏仁豆腐も絶品だった。口の中で蕩けるんだよなぁ。


「こんなにおいしい杏仁豆腐だったらバケツいっぱいでも食べられそう~」


 桂木妹が嬉しそうに言う。


「それはさすがに身体によくないので……」


 奥さんが苦笑していた。そういえばそんな話を聞いたことがある。確か杏仁豆腐の原料の杏仁にはアミグダリンという成分があるらしい。そのアミグダリンは唾液などによって分解されるとシアン化合物と呼ばれる成分に変化するそうだ。シアン化合物って青酸化合物だよな。つまり取りすぎると具合が悪くなったりする。

 とはいえ一日に五、六カップぐらいは食べても問題ないらしい。さすがにバケツいっぱいはだめだと思うけど。

 え? なんでそんなこと知ってるんだって? まぁ中学とか高校の頃にそういうのってなんか調べたりするじゃん? え? 調べない? 嘘だろ。


「これぐらいがちょうどいいのよ」


 桂木さんも苦笑して言っていた。

 ちなみに、水餃子を食べていた時ポチがクァーーーッッ! と大きな鳴き声を上げたので追加の餌を持って行った。山唐さん、相川さんと慌てて持っていった形である。


「食事を中断させてしまい、申し訳ありません」


 山唐さんに恐縮されてしまった。俺がやるのは当たり前なのでそこは気にしないでもらえると助かる。

 今回もおなかいっぱいになるまで食べた。

 こんなに食べているとまた太りそうである。これはあれだな。草むしりをがんばれということだなと考えることにしたのだった。



次の更新は13日(木)か14日(金)です。

1700万PV記念は今しばらくお待ちください。


昨日は「山暮らし~」三巻の発売日でした! どうも早いところでは先週中に入荷していたみたいです。

お迎えいただけたなら幸いです。

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