628.思ったより野生動物が増えているみたいです

 着替えの用意をしてきておいてよかった。

 なんか嫌な予感がしたのだ。(いつもかもしれない)

 ニワトリたちにはもうこの辺からは動かないように言い、母屋を借りて手早く着替えた。相川さんも着替えは用意してきていた。ホント、何が起こるかわからないもんな。

 レストランの方に戻る時、ユマが付いてきてくれた。メイも一緒である。待っていてくれたのが嬉しい。


「ユマ、メイ、ありがとうなー」


 ユマは嬉しそうだったけど、メイは外の方を気にしていた。メイとしては不本意なのかもしれない。でももうそろそろで帰るつもりだから、自由行動はここまでだ。

 山唐さんは上機嫌だった。


「ニワトリたちとオオトカゲに頼んで正解でした。シカはこちらで捌いて調理しますので、また三日後以降こちらに来ていただけますか?」


 相川さん、桂木さんと顔を見合わせて頷いた。


「すみません、シカ肉は分けていただくことは可能でしょうか。お金は払いますので」

「あ、私も……タツキにあげたいので」


 相川さんと桂木さんが申し出る。


「お金はいりません。私が自分で捌きますので。ニワトリたちと、タツキさんには来ていただいた際に内臓もお出しします。ただ……まだ開けていないので病変の有無は不明です。今日いっぱい冷やして解体をしますので、問題があれば改めて連絡します」

「ありがとうございます」


 山唐さんに流れるように言われて目を白黒させてしまった。解体とかも慣れてるんだな。


「三頭とも山唐さんが捌かれるんですか?」


 相川さんが目を丸くした。


「はい。きちんと道具もありますから大丈夫ですよ。シカは日を置いた方がおいしいですからね。とても楽しみです」


 そういえば山唐さんは生肉しか食べないんだっけ。卵とかは食べるのかな? ちら、と思った。

 山唐さんは俺の視線に気づいたみたいだった。


「佐野さん、何か?」

「あ、いえ……山唐さんて卵は食べられるのかなと思いまして」

「もちろん食べますよ。卵は生だと少し食べづらいので、できれば火を通してある方が好きですが」

「そうなんですか」


 意外だなと思った。生でないと食べられないわけではないらしい。


「え。それは初耳です」


 奥さんの方が反応した。


「じゃ、じゃあ目玉焼きとか、ゆで卵とかでも食べられるんですね?」

「できれば味がない方がいいけどね」

「じゃあ茶蛋チャーダン(五香やお茶、醤油と共に煮た中華煮卵)とかは食べないんですか?」

「ちょっと香辛料がきついかな」

「そっかぁ」


 奥さんは残念そうに肩を落とした。いい夫婦である。ここまでくるとリア充めとか思わないのが不思議だ。


「……いいなー」


 ぼそっと桂木妹が呟いた。そこにユマがとてとてと向かう。桂木妹を慰めに行ったのだろうか。ユマは桂木妹にはとても優しい。もしかしたらメイみたいな感覚なのだろうか。もうすぐ成人のはずなんだが。(お前が言うなと言われそう)


「ユマちゃん、触らせてくれるの? ありがとー!」


 ユマが行ったからか、メイもポテポテと付いていった。メイは桂木さんの方へである。桂木さんも一瞬で笑顔になった。うん、うちのニワトリたちは最高だな。

 思わずうんうんと頷いてしまった。

 レストランの奥の方のソファの側ではトラネコが満足そうに寝そべっている。狩りをしたから疲れたんだろう。それにしてもすごく汚れていたから、それだけ暴れたのだろうか。

 奥さんがコーヒーを淹れてくれた。おいしい。


「みなさんお疲れ様でした。トラ君の狩りに付き合っていただき、ありがとうございます」


 奥さんに頭を下げられてしまった。俺たちは何もしていないからと頭を上げてもらった。


「やっぱりニワトリさんたちとオオトカゲさんは強いですね。トラ君はまだ大きい獲物を狩るのが苦手みたいなんです。それでも狩りをできるようになりたかったみたいで。また機会がありましたらお願いします」

「あ、そうなんですか……」


 また機会があったらって、どんだけ動物たちが狩りをすることになるんだろう。なんだか別世界に来たような、そんな気持ちになってしまった。

 つーか、狩猟ってそういうもんだっけ?


「佐野さん」

「あ、はい」


 山唐さんに声をかけられて、視線を動かした。


「ニワトリたちは佐野さんのことが大好きだから、狩りをするんですよ。いっぱい食べて元気でいてほしいんです」

「え……あ、そうなんですか……」


 ちら、とユマを見たらコキャッと首を傾げられた。でもなぁと思う。やはりほどほどにしてほしいというのが本音だ。


「その……俺だけだと運ぶのもそうですけど解体とかもできないんで……」

「そうですね。寒い時期なら多少時間が開いても問題はないですが、夏は腐敗が怖いです」

「そこなんですよ」


 山唐さんもわかりますというように頷いてくれた。


「そういうことでしたら夏の間はたまにこちらへ来るようにされたらどうでしょう。うちであれば私が捌きますから問題ありませんし」

「……そんなに獲物が多いんですか?」

「正直シカは増えすぎているんです。昨年から大分隣の山の犬たちに手伝ってはもらっているんですが、それでも追いつかない程増えてしまっていたらしくて。おかげでシカだけで店が開けそうですよ……」


 そんなに深刻な状況だとは知らなかった。桂木さんが俯く。


「その……うちの方もシカが多くて、ですね……」

「そうですね。全体的に多くなっていると思いますから、冬は人を入れた方がいいと思います。どうしても柔らかい木の芽などを食べられてしまいますから、この西側の土地がちょっと気の毒な状態になっていますし」


 そういえば一部木があまり生えていないところがあった。シカは柔らかい物を好んで食べるから木が枯れてしまったりするのだ。

 やっぱり増えすぎると困るものなんだな。

 それで、まだここの西側の一部の山について所有者とか聞いていないことを思い出した。明日にでも改めておっちゃんに聞いておこう。


「詳しい話はまた今度しましょうか」


 山唐さんに言われてみなはっとした。居心地はいいがそろそろ帰らないといけない時間だ。

 表にいるポチタマに声をかけ、そうして帰路についたのだった。



ーーーーー

次の更新は、6/29(木)または6/30(金)です。よろしくー


ツイッター、カドカワBOOKS編集部さんが「山暮らし~」3巻の口絵の一部を公開しています。

よろしければ見てやってくださいませー

https://twitter.com/kadokawabooks/status/1673261314763001856

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