627.みんな戻ってきたけれど

 俺の足元でおもちになっていたユマがすっくと立ち上がったことで、誰かが戻ってきたということはわかった。


「ユマ?」

「ミンナー」

「みんな戻ってきたのか」

「そういうの、よくわかりますね~」


 奥さんがにこにこしながらテラスへ向かう大きな窓を開けた。ユマがそちらへトトトッと移動する。

 普通戻ってくるって言ったらレストランの入口の方を開けに行くんじゃないのかな。ってことは、奥さんもなんか感知してる? とか余計なことを考えてしまった。

 でもつられるようにテラスに出たらそんなこと忘れてしまった。くんっと頭を上げたポチを先頭にして、山唐さん、相川さん、タマメイ、ドラゴンさんとトラネコが戻ってくるのが少し遠くに見えた。

 軽く手を振る。

 ポチとタマの羽が少し乱れているように見えた。

 メイが近づいてきて俺は慌てた。


「えええええ」


 なんつーか、ありえないぐらい羽が乱れている。対比すると小さいから近づくまでわからなかったのだ。


「メ、メイ? どうしたんだそれは……」


 ユマがバサバサッと飛んでテラスから下りると、メイのところへすっ飛んで行った。そして何やらしている。もしかして羽づくろいをしているのだろうか。こちらからだとつんつんつっついているようにしか見えない。


「虎雄さん、おかえりなさい。シカっておっしゃられていましたけど?」


 奥さんが山唐さんに声をかけた。

 確かに多少汚れてはいるが手ぶらである。どこか水のあるところに沈めてきたのだろうか。


「ああ、あっちの山の方で狩っていたから、そのまま池に沈めてきた。今の時期は暑いからね」

「そうなんですね。でも……池のお魚さんに食べられたりはしませんか?」

「流れがある方に沈めてきたから大丈夫だ」

「ああ、東側だったんですね」


 湧き水でできているでっかい池が北側にあると聞いていたけど、東側に向かって流れがあるらしい。そうなるとうちの山の下の川はどこから水が流れてきているんだろうな?

 それにしてもお魚さんが食べるって……確か池にいるのって中国四大家魚だっけ? あと鯉がいるようなこと言ってたな。あの中で肉食はアオウオぐらい? でもアオウオも貝を食べるんだっけか。結局よくわからなかった。


「佐野さん、三頭も獲れましたよ」


 相川さんが嬉しそうに教えてくれた。


「それはすごいですね!」


 三頭もってことはやっぱりかなりシカも繁殖しているんだろうな。


「ちょっと洗ってきます」


 山唐さんと相川さんが家の裏手へ向かう。俺もニワトリたちの状態を見ないといけないから、「俺も行きます」と声をかけた。


「あ、私も……」


 桂木さんには待っていてもらうことにした。


「桂木さんたちは待ってて。タツキさんの様子は俺が見ておくから」

「でも……」

「後で労えばいいって」


 洗うとなったら汚れるだろうから、桂木姉妹はレストランに残ってもらうことにした。奥さんも心得たもので、「デザート食べませんか?」なんて二人を誘ってくれた。桂木さんは後ろ髪引かれるように何度かこちらを振り返っていたけど、軽く手を振ってやった。

 そんなに気にすることなんてない。彼女の山だったら桂木さんに任せるけどここは人の山だ。着替えとかできるとは限らないんだからこちらに任せてほしいと思った。

 テラスから下りて山唐さんたちの後を追った。ちゃんとうちのニワトリたちとドラゴンさんが山唐さんの指示に従っているのが面白いなと思った。


「ちょっと待っててくださいね。けっこう汚れていますからざっと洗いましょう」


 山唐さんが何枚もバスタオルなどを用意してくれた。タライも大きいのがいくつもある。やはり解体をするとなるといろいろ必要なのかなと思った。

 一番汚れているのはトラネコだった。ご機嫌で毛づくろいしている。

 山唐さんはそれぞれのタライに水を張っていく。メイが水浴びーとばかりに突っ込んでいこうとしたところをユマとタマが止めていた。うん、ありがと。

 ……いや、そんな張り切って狩りをしなければよかったんじゃないのか? 後で説教だな、これは。

 でも山唐さんに宥められてしまうんだろうか。それを思うと納得がいかない。躾なんてとてもできないけど、俺が許容できる範囲は改めて話しておかないとだめだな。

 ばっしゃん


「ああ~、トラ、だめだろう……」


 一番我慢ができなかったのはトラネコだったらしい。でかいタライに身体半分ぐらい入っている。トラネコは、ん? というような顔をしていた。かわいいな。

 何か? というように首を傾げる姿もでっかい猫だなって思った。うん、憎めない。でも猫って水が苦手じゃなかったっけ?


「大丈夫ですよ。タツキさん、僕が洗ってもよろしいですか?」


 ドラゴンさんはうむ、というように相川さんに頷いた。俺はニワトリたちの側に寄る。


「相川さん、こちらのタライを使ってください。佐野さんは残りのタライを使ってください。水は出しっぱなしにしておきますから遠慮なくどうぞ」

「ありがとうございます」


 ここの蛇口から出るのは山の湧き水らしい。それならそれほど遠慮はいらないとは思うけど、メイ以外はそれほど汚れてもいなかったのでどうにか洗うことができたのだった。(それでも俺も相川さんもびしょ濡れにはなった)



ーーーーー

次の更新は27日(火)です。


昨日アルファポリスの方で、「野良インコと元飼主~山で高校生活送ります~」が完結しました。


小学生の頃、不注意で逃がしてしまったオカメインコと山の中の高校で再会した少年。

男子高校生たちと生き物たちのわちゃわちゃ青春物語。

ハッピーエンドです。

ちょうど新書1冊分ぐらいの量ですので、暇つぶしにでも読んでいただけると幸いです。

(他社さんで書いている作品なのでリンクはしません)


どうぞよろしくお願いします。

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