622.さすがに大目にはみれない

 でっかいタライで、楽しそうにバシャバシャ水浴びをしているメイに、結城さんが萌えていた。


「さ、佐野さんっ、写真っ、写真撮ってもいいですかっ?」

「えっ?」


 誰にも見せないならいいけど……。


「結城ー! 手伝えー!」

「ちょ、ちょっと、あと三分待ってくださいー!」


 秋本さんに声をかけられても結城さんは諦めきれないみたいだった。


「どうぞ。あ、でも誰にも見せないでくださいね」

「はいっ、もちろんですっ!」


 結城さんはスマホを取り出し、急いでパシャパシャ撮ると、山唐さんと秋本さんのところへ駆けて行った。秋本さんが呆れた顔をしているのがわかった。でもしょうがない。うちのニワトリかわいいもんな。気持ちはわかるとうんうん頷いてしまった。

 俺も邪魔しない程度に秋本さんたちの側へ向かう。

 ポチも後ろから戻ってきたみたいで、これでニワトリは揃った。メイは楽しそうにまだバシャバシャしている。困ったものである。後で拭いてやらないとな。


「……倒して、三時間は経ってないか。でも内臓は止めた方がいいだろうな、この暑さだし」

「そうですね。残念ですが」


 秋本さんと山唐さんが話している。


「佐野君、解体するのはいいけどその後どうする?」

「あー……」


 正直何も考えてなかった。


「佐野さん、よろしければこちらは私に調理させていただけませんか? まだ桂木さんたちにも来ていただいていませんし」

「あ、そういえばそうですね!」


 七月に桂木姉妹を一度、山唐さんのところのレストランへ連れて行くなんて話をしていたことを思い出した。


「じゃあ肉は佐野君に届ければいいのか?」

「ご連絡いただければこちらから取りに伺います。解体していただいて、状態を確認したらこちらにご連絡いただけませんか?」


 山唐さんは名刺を出して秋本さんにスッと渡した。


「ああー……隣村のレストランか。そういや聞いたことあったな。わかった、じゃあ解体費用はそちらに請求すればいいか」

「はい、お願いします」

「え、えっと、あの……」


 なんでうちのニワトリたちが勝手に狩ってきたのに、山唐さんが解体費用を払うことになるのだろうか。


「佐野さん、解体費用もお代に含めますから大丈夫ですよ」


 山唐さんに笑みを向けられて、それならいいかと思った。


「じゃあ、解体したら連絡します」


 秋本さんたちはイノシシを軽トラの荷台に載せると、慌ただしく戻って行った。

 はーっと思わずため息が漏れた。


「ポチ、タマ! 狩ってくるなって言っただろ?」


 さすがに今回はいただけないと思った。


「ハシッター」

「ドーン」

「え? 何があったんだ?」


 ポチとタマが言い訳めいたことを言っている。山唐さんがフォローする。


「ああ……一頭は確かに木にぶつかったような跡がありましたよ」

「ええ?」


 ってことは、ポチとタマが通りがかったところでイノシシが突進してきたとかそういう話か? でも一頭って……。


「……もう一頭は?」


 ポチとタマはツーンとそっぽを向いた。


「全然不可抗力じゃないだろーがっ! 今度獲ってきても俺はもう知らないからなっ!」

「エー」

「エー」

「エー」

 コココッ!


 なんでそこで全員に抗議されんの? 相川さんが口を押えているのが見えた。笑いをこらえているのだろう。なんなんだよいったい。コントじゃねえんだぞ。


「まあまあ佐野さん、今回は私がちょうど通りかかりましたからそんなに怒らなくてもいいじゃないですか」


 山唐さんに宥められてしまったが首を振った。


「いいえ! いくら自分たちが食べたいからって獲物を勝手に狩ってこられても困ります! 今回は、を許してしまったらまたやりかねません!」


 今回はさすがに許さないぞ、という気持ちでポチとタマを睨んだ。


「それは……確かにそうですね。二三日後に桂木さんたちを連れてきていただいてもよろしいですか? 相川さんも一緒にどうぞ」


 山唐さんはなるほどと言うように頷いた。


「わかりました。聞いてみます」


 さっそく桂木さんにLINEを入れ、三日後山唐さんのところへお邪魔することが決まった。

 LINEから桂木さんがウキウキしている様子が伝わってきた。うーん、さすがに今回の料理代は俺が出した方がいいかな。解体費用も含めるようなこと、山唐さんが言ってたし。

 ポチとタマはツーンとしていたが、山唐さんに「ポチさんタマさん、佐野さんの言うことをきちんと聞かないと……わかってますね?」と意味深なことを言われていた。

 それでわかったのかどうかは知らないが、山唐さんと相川さんが帰った後、珍しく二羽からすり寄られた。


「え? ポチ? タマ? どうしたんだ?」


 触らせてもらえるのは嬉しいけど。夏の羽だからもふもふしているかんじではない。でも普段洗う時ぐらいしか触れさせてもらえないのに撫でさせてもらうのは嬉しかった。しかしどういう風の吹き回しなんだろうか。


「なんか悪いものでも食ったのか?」


 心配してそう聞いたら、タマにつつかれてしまった。だからなんなんだよいったい。


 そして寝る直前にふと疑問に思った。

 解体費用を料理代に含めるっていっても、あのイノシシ全部を俺たちが食うわけじゃないよな? そしたら解体費用はやっぱり山唐さんがほとんど負担するつもりなんじゃないか?

 明日覚えていたら指摘してみようと思ったのだが、何故か朝になったら思い出せなくなっていた。

 なんだったんだろう?


ーーーーー

次の更新は8日(木)または9日(金)です。よろしくー

1600万PV記念も書きたいー。何書こうかなー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る