580.そもそもさくらんぼの木がどれだかわからない

 翌朝はいつも通りである。秋本さんは昨夜のうちに結城さんが介抱して連れて帰った。


「またメイちゃんと遊べなかった……」


 結城さんはよっぽどメイと遊びたいらしい。でもおじさんたちに挟まれていたりするからなかなかうちのニワトリたちの側に行けないみたいだ。それはそれで気の毒である。

 またタマとユマが卵を産んでみたいで、おばさんが上機嫌だった。


「メイちゃんもメスなのかしらねぇ」

「もしかしたらそうかもしれませんね」


 ひよこだとあんまり区別つかないんだっけ? 俺にもまだわからない。


「タマさんとユマさんの卵はおいしいですね」


 二羽の卵は今日もハムエッグになって出てきた。これに使われているハムが毎回お歳暮なんかでもらうような肉厚のハムだから尚うまい。

 とっくにニワトリたちはおばさんから餌をもらって畑の方へ駆けていっているらしい。役立たずな飼主ですみません。メイもトットットッとあまり危なげなくついていってるというから、順調に成長しているのだと思う。尾も長くなってきたしな。

 あれ? やっぱりメイもアイツらぐらい大きく育つってこと?

 成長はそんなに早くないけど、やっぱそうなのかな。


「メイもアイツらみたいにでかく育つんですかね」

「その可能性は高いだろ」


 おっちゃんがさらりと答えた。


「そうですよね」

「あんな立派な尾があるのに、普通サイズのニワトリになったらそれはそれでびっくりだわ~」


 おばさんがコロコロ笑ってそう言った。ああやっぱりみんなそんな認識なんだな。受け入れられていることが嬉しいなと思った。

 相川さんがこめかみに指を当てた。


「? 頭でも痛いんですか?」

「いえ……今何か思い出しかけたような気がしたんですけど、気のせいだったかもしれません」

「相川さんでもそんなことあるんですね」


 みんなで笑った。


「それにしてもさくらんぼはロマンだな」


 おっちゃんがよくわけがわからないことを言い出した。


「え?」

「お前んとこの山だよ。なかなか生るもんじゃねえからな」

「ああ、そういえば……」


 柿の木だのビワの木だのが植わっていたところでさくらんぼも栽培していたらしいと伝えたんだっけか。


「さくらんぼって確か、違う品種同士でないとできないんでしたっけ?」

「そうらしいな」

「ってことは、何種類か違う木があるってことですよね。だったらまだできてるんじゃないですか?」


 相川さんがさらりと言う。


「木がだめになってなけりゃあその可能性もあるだろ。昇平、見なかったか? って今の時期じゃもう鳥なんかにつつかれてなくなってるか。惜しいことしたな」


 おっちゃんがカーッと声を上げた。よっぽど悔しいのだろう。そんなにおっちゃんてさくらんぼ好きだったのか?


「また来年見てみます。五月ぐらいからチェックしておけばいいですかね?」

「毎日チェックも必要だが、さくらんぼの木に網かけといた方がいいぞ。鳥っつーのは目ざといからな」

「そうですよね」


 まずはどれがさくらんぼの木か調べるところからだ。


「……うーんと、来年でいいんでさくらんぼの木調べるの手伝ってもらっていいですか?」

「それぐらいかまわねえぞ」


 おっちゃんはそう言ってガハハと笑った。頼もしいことである。


「それにしても……ハクビシンの肉って本当においしいですね。甘味があって。寒い時期ならもっとですよね」


 相川さんがにこにこしながら言う。


「そうねえ。うちの周りにもいたりするのかしら」


 おばさんが頬に手を当てて考えるような顔をした。


「おいおい。さすがに捕り尽くしちゃまずいだろ」


 おっちゃんが苦笑した。捕り尽くす、と言えば果樹の周りのハクビシンて本当はどれぐらいいるのだろう。今回ポチたちが捕まえてくれた六匹だけではなさそうだ。裏山に住んでいる分にはかまわないが、うちの山で増えて村に下りたりしたらそれはそれで困る。生態系とかうんぬんを考えると捕り尽くすのがまずいってことぐらい俺でもわかる。

 でも農家にとっては害獣だ。うちの山にいるのは捕ってもいいのではないかと思った。


「……うちの山にいるのは捕ってもかまわないとは思うんですけど。山を下りたりしたら迷惑ですし。もちろん急ぐことではないですし、ニワトリたちをけしかける気はないですが」

「ああ、それぐらいでいいんだよ。昇平んとこのニワトリたちは頭がいいからな。たまに張り切って加減を忘れちまうところはあるだろうが、そこはご愛嬌だ」


 確かに六匹は多かったと思う。どんだけ張り切ったんだよ。

 はーっとため息をついた。

 その日はお昼ご飯をいただいてから山へ帰った。

 さすがに昼になると暑くて作業をする気にはなれなかったので、片付けをした後は居間でぐったりしていた。

 え? ポチとタマはとっとと遊びにいったよ。メイもついていこうとしたのはユマに言って止めてもらった。さすがにあのスピードにはついていけないだろ?

 ピヨピヨと猛烈に抗議されたがまだまだかわいいものである。


「メイ、一緒に昼寝するか?」


 と聞いたらそっぽを向かれてしまった。うちのひよこもかわいい。


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980万PVありがとうございます! これからもよろしくですー!


次の更新は17日(火)です。

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