575.甘えすぎだという自覚があるのだが

 翌朝、目を覚ました時はぼーっとしていた。

 いつ寝たのかも思い出せない。自分の寝床だというのはわかるが状況が掴めなかった。

 あー、眠い、と寝返りを打ったところで相川さんが泊まっていることを思い出して飛び起きた。

 いかん。飯の支度をしなくては。時計を確認すると六時半だった。目覚ましはセットしていなかったらしい。そのまま起きることにした。

 部屋の戸を開けたら、なんかいい匂いが漂ってきた。

 えええ。


「佐野さん、おはようございます。勝手に台所を使わせていただいてます」


 うわあ。相川さんがとっくに起きておさんどんしてた。ニワトリたちも餌をもらっている。


「おはようございます。ありがとうございます……」


 もうホント、足を向けて寝られないって思った。


「気になさらないでください。食材は勝手に使わせていただいてますし。それでなんですが……」


 ポチたちにいつもの餌をボウルに入れて出したら、タマが冷蔵庫をつついたという。野菜を見せたら首を横に振り、試しにシカ肉を見せたら頷くように首を動かしたそうだ。なので薄切りにして出してしまったという。


「断った方がいいかと思ったのですが……」


 そんなすまなさそうに言う必要なんてない。俺はタマを睨んだが、タマはどこ吹く風だ。俺の時にはあんまりしないよな? 相川さんだったら出してくれると思ったんだろう。

 全く困ったニワトリである。頭がよすぎてどうかと思う。


「そうなんですね。ありがとうございます。シカはニワトリ用なので大丈夫です。タマ、相川さんが優しいからってわがまま言うんじゃない」


 ツーンとそっぽを向かれた。態度悪すぎだろ。

 シカ肉はどうせ俺は調理できないからいいけど、豚肉を食われたら怒るぞ。


「それならよかったです」


 相川さんはほっとしたように笑んだ。お客さんを働かせるなんて、なんということだ。(お前が言うな案件)

 餌を食べ終えてからタマとユマは卵を産んだ。それを相川さんが拾って丁寧に拭く。


「佐野さん、タマさんたちの卵でオムライスを作ってもいいですか?」


 目がキラキラしている。俺も食べられるんだから断る理由もなかった。


「はい、お願いします」


 ポチとタマはいつも通り遊びに出かけるみたいだ。ハクビシンは明日いただくことになった。明日の夜におっちゃんちへ集合である。

 ユマとメイは家の周りにいるらしい。

 そんなわけで相川さんが作ってくれた朝飯をいただくことにした。

 俺が起きてきた時に相川さんが作っていたのは、ナスとシシトウの煮浸しだった。油は少量で軽く揚げた形だ。それからだしと醤油などを足して煮てくれたようである。うまい、たまらん。

 残りの油でチキンライスを作り、でっかい卵焼きでくるんで出してくれた。昨日のポトフにナスの煮浸しとオムライス。もちろん漬物も出した。朝からとても豪華なごはんだった。

 やっぱり一家に一台相川さんがほしい。


「すっごくおいしいです! 相川さんに調理してもらうと、野菜がものすごく食べられますね~」

「いえいえ。佐野さんのお宅はいつも野菜がいっぱいありますから、作り甲斐がありますよ」


 うん、まぁ確かに。村に降りれば野菜をけっこういただけたりするもんな。ニワトリたちを知っている農家さんに会うと持ってけ持ってけと野菜をいただいたりする。もう派遣はできませんから、って断るんだけど、いつ世話になるかわからないから持ってけと持たされてしまうのだ。

 そんなわけで今回土産を大量に買ってきたのである。つっても饅頭なんだけどな。

 相川さんにも渡した。


「いただいてしまってもいいんですか?」


 とかえって恐縮されてしまった。こっちが恐縮しないといけないところだと思うのだが、なんか相川さんは自分を卑下しているようなところがある気がする。


「相川さん、俺はいつも相川さんに甘えてばかりなんですよ? 本当は俺の方がいろいろ返さないといけないんです。相川さんがこんなによくしてくれる必要なんてないんです」


 相川さんは苦笑した。いろいろしてもらってる俺が言うなって自分でも思うんだけど、相川さんは献身的すぎると思うのだ。


「……佐野さん。佐野さんに出逢わなかったら、僕はずっと引きこもっていたはずなんです。彼女の影に怯えて、彼女からの手紙を弁護士を通して渡されて、もしかしたら壊れていたかもしれない。その恐怖は多分佐野さんにはわからないと思うんです。……迷惑でなければ、これからも付き合わせてください」

「迷惑だなんてことは絶対にないです。でも俺は甘えすぎだって思うので……」


 どうしたらうまく伝えられるだろう。


「佐野さんはしっかりしてるじゃないですか。佐野さんは自分の守るべきところを押さえてますし、誰かに寄りかかることはあってもちゃんと自分で軌道修正しているでしょう。だから桂木さんも佐野さんを頼るのだと思いますし、僕も佐野さんに何かしているフリをして頼ってしまうんです。僕の方が佐野さんの優しさに甘えているんですよ」


 うっ、その笑顔が眩しすぎる。イケメンの笑顔が神々しい。

 こんなかんじだったからストーカー被害にあったんだなと、悪いけど納得してしまう笑みだった。

 相川さんにとっての俺がかなりすごい奴すぎてやヴぁい。でも否定しても相川さんはそう思ってるんだろうな。


「……わかりました。これからもよろしくお願いします」


 イケメンの笑顔にはかなわなかったよ。だって善意MAXだし、これ以上言ったら悲しそうな顔をされそうだったし。

 リンさんとユマの仲もいいし、相川さんの手料理もうまいし……ってなんか俺胃袋掴まれてる!?

 胃袋って言ったら村のおばさんたちの料理にもめちゃくちゃ掴まれてるからいいか……。

 相川さんてけっこう頑固なんだよなー。

 その後は、なんでここにハクビシンがいるのかという話になった。


「果樹なんかありましたっけ?」

「まだ時期ではないですけど、うろの近くに柿の木がありましたよ。何本か多分そうです」

「えええ」


 うちの山なのに知らないことばかりだ。

 相川さんは「また明日の夜に~」と手を振って帰っていった。オムライスはめちゃくちゃうまかった。


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アルファポリスでの更新分はここまでです。

ストックはないので年明けからは週二回の更新になります。よろしくー

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