566.チャノキは元々同じ木らしいってのは聞いたことがあった

 暑いは暑かったが、太陽がはっきり出ている天気でもなかったのでそのまま少し畑の側で草むしりをしておなかに隙間を作ることにした。首の後ろに日除けがついた帽子をさすがに借りた。


「助かるわ~」


 なんておばさんに感謝されたが、いつでもできるものでもない。うちの山も春から秋にかけては雑草との戦いだしな。

 相川さんと二人である程度抜き、それらの草は後で燃やすというからまとめて脇に避けた。畑周りの雑草はあまり根っこから引き抜いたりはしない方がいいらしい。根があることのメリットもあるらしいがさっぱりわからん。

 そうして汗を拭いてから相川さんにお茶を淹れてもらうことになった。

 そうだよな。今日は相川さんが持ってきたお茶を飲むことになっていたのをやっと思い出した。今日は例のお茶がメインだったのである。

 おばさんがにこにこしながら漬物と俺が持ってきた和菓子を出した。


「ダージリンの春摘み茶はファーストフラッシュというのですが、淹れるとこんなかんじになるんですよ」


 相川さんがにこにこしながら言う。確かに香りもお茶の色もあまり紅茶っぽくないなと感じた。


「いただきます」


 ティーカップでお茶をいただく。


「……え? これ紅茶なんですか?」


 俺が思い描いた紅茶の味とはまるで違った。相川さんはにっこりした。


「ええ、紅茶なんです。面白いでしょう」

「日本茶とも、味わいは違うわねぇ」


 おばさんが首を傾げる。


「……なんかわかんねえ味だな」


 おっちゃんが苦笑していた。


「どちらかと言えば中国の緑茶に近い味わいだと僕は思っています。紅茶なんですが、茶葉が青いでしょう」

「ほんとだ、緑色ですね……」

「製造工程が夏茶や秋茶とは変えて作られているので、僕はこれも好きなんです」


 好みは人それぞれだしな。

 芋羊羹がおいしかった。


「相川さん、ダージリンって俺は別のイメージがあったんですけど……」

「おそらく佐野さんがイメージするダージリンは秋茶のオータムナルでしょう。その方がより紅茶らしい味わいなんですよ」

「ふむふむ。いろいろあるんですね~」

「ええ、元々日本茶も紅茶もチャノキは同じですから」

「……確かに以前そんなことを聞いたことがあります」


 俺は詳しくないのでさっぱりだ。


「そうよね。そうなると日本でも紅茶は作れるのよね?」

「ええ、製法を変えればいいので作れることは作れますよ。ただし生育環境や土壌によって向き不向きがあるみたいです。日本で育てられたチャノキはどちらかといえば緑茶に向いているといえますね」

「確かにそういうのもあるかもしれないわね。中国って烏龍茶ってイメージはあるけど紅茶はあるのかしら?」


 おばさんがうんうんと頷く。農家だから余計に頷けるのかもしれない。


「ありますよ。中国の紅茶だと雲南省の紅茶が有名ですね。僕は好きです」

「そうなのね~」


 なんて雑談をしながらお茶を飲んだ。誰かの家とかに来ないとこうしてゆっくりお茶を飲んだりはしていない気がする。うちだとどうしてもあっちもこっちも気になって作業をしてしまうから全然休めないんだよな。たまに昼寝してるからいいか。

 そうしてまったりお茶をしてからうちに戻った。いろいろ勉強になったと思う。

 なんか相川さんに話した方がいいんじゃないかなと思ったことがあった気がするのだが、帰る頃になっても思い出せなかった。

 昨日の今日なのにまた野菜をわんさか持たされてしまった。


「お金は受け取ってくれないでしょう?」


 なんておばさんに言われて。現物支給大歓迎です。朝採れ野菜に勝るものなしだ。やっぱ夏はナスやトマトがとてもおいしい。

 うちでもきゅうりは作っているんだが、もらえたらもらえたでいただいていく。うちのニワトリたちが食べるしな。

 そんなかんじでユマとメイと共にほくほくしながら帰って作業をしていたら、桂木さんからLINEが入った。そうだ、桂木さんの件だ、とそれを見て思い出した。以前桂木さんに写真をもらって俺の彼女だって親に言ってあったんだよな。母さんは本気にしてないと思うんだが、父さんが兄貴や姉ちゃんに言ってないとも限らない。

 相川さんに相談しようと思ったんだが、冷静に考えるとそんなこと自分で考えろだよなぁ。


「山唐さんのレストランっていつ行かれるんですか?」


 もう行ったとは言いづらい。でも嘘なんてついてもバレるしな。


「事情があって一回行ってきた。ちょっと相談があるんだけどいいかな」

「えー、羨ましい。相談って何ですか?」


 LINEでやりとりするのもアレなんで、「今電話していい?」と送った。


「大丈夫ですよー」


 電話した。


「ごめん。実家に行くことになってさ」

「えーと、もしかして同行した方がいいです?」


 思いもよらないことを言われた。そんなことをしたら姉ちゃんがしゃしゃり出てくるに決まっている。


「いや、それについてどうしようかなって思ってて……」


 彼女と言い張るのも無理があるっつーか。


「私は出会いとかもう求めてないんで、佐野さんの彼女でも全然いいですよ?」

「嫁入り前の娘が何言ってんだ!?」


 思わずツッコミを入れてしまった。


「えー? いいじゃないですか。結婚はさすがにどうかと思いますけど、カモフラで彼女になってるのは全然アリですよ」

「……親御さんに申し訳ないからやっぱ妹で」

「そんな~」


 桂木さんはこっちの気も知らないでコロコロ笑っている。


「親に聞かれたら別れたって言っておくから」

「えー、つまんなーい。それじゃまた佐野さんいろいろ言われちゃうんじゃないですか?」

「俺のことはいいんだって」


 それより桂木さんを付き合わせることの方が悪いと思う。


「私はかまわないので、また何かあったら言ってくださいね。実家っていつ頃行かれるんですか?」

「今月中には行くよ。ちょっと面倒なことになっててさ」

「なおさら私の存在必要じゃないですかー」

「かえってややこしいことになるから勘弁してくれ」


 苦笑しながら少し話して、電話を切った。

 俺の事情は知らなくても、桂木さんなりに気を遣ってくれてるんだよな。なんかなきゃ山なんて買わないだろうし。

 かまってもらえるのはありがたいと思う。でも俺はヘタレだから、返すことができないと思ってしまうのだ。

 ユマとメイはいつも通り家の外で草などをつついている。平和な光景につい笑んでしまう。早く厄介事なんて終ればいいと思った。


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800万PVありがとうございます! 記念SSは来年書きますー。すみません。


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