567.準備はしっかりするべきだ
そういえば、月餅はどうにか忘れずに帰り際に相川さんに一つ渡すことはできた。
「和菓子屋の試作品らしいですよ」
と伝えて。
「そういえばヤマ〇キの月餅にも和菓子って書いてあるんですよね」
相川さんがそう言って笑っていた。
月餅が和菓子? とは思ったけどよくわからないからその場で別れ、夕飯後に食べてみた。
「あ、うまい」
このごま餡? がいいかもしれない。くるみが少し入っているのも食感がいいし、あそこの店長おいしいもの作るなーと感心した。
田舎のイメージって、なんかあまり変わらないものってかんじがしてたんだけど(失礼)、豆腐屋も養鶏場とかも新商品の開発に余念がないよな。いつまでも変わらないでいたら飽きられてしまうから、付加価値をつけるっていうのは大事なんだろう。
……俺は昨年からなにか変わったのだろうか。
何も変わっていないような気がしてならない。
ユマとメイを風呂に入れる。もうユマと一緒に湯舟に浸かることができないせいか、湯舟に浸かっているユマにじっと見られているのがわかった。
「風呂、作らないとだよな」
つってもこれから暑くなるから、せめて秋になってからだけど。梅雨が明けてから頼んだりしたら嫌われてしまいそうだ。
そういえば今年の夏祭りはどうするんだろうとかも思った。
「サノー?」
「んー?」
頭を洗って顔を上げると、ユマがくりくりした目でじーっと俺のことを見ていた。メイはタライから出たり入ったりしている。
「ユマ、どうした?」
「ゲンキー?」
ユマにまた心配をかけてしまったみたいだ。
「元気になったよ」
ニワトリたちがいれば俺は元気になれるんだよ。つまりはそういうことなのだ。くよくよしてても始まらない。
翌日おっちゃんに電話をし、夏祭りはどうなっているのかと聞いた。去年手伝ったので今年は手伝いをする必要はないらしい。
今年は陸奥さんたちの方が当番らしく、相川さんが準備を手伝うようなことを言っていた。月餅はお気に召したみたいだった。
「月餅ってまだ売ってないんですかね?」
「あそこの店長の試作品みたいなことを言っていましたから、まだ売ってないんじゃないですか? お月見の時に販売したいみたいなこと言ってましたよ」
「それは残念です」
本当に残念そうだった。そんなに月餅好きだったのか。
「また行った時にお礼を言ってきますよ」
「お願いします」
おいしかったはおいしかったけど、相川さんはやっぱり自分で行く気はないようだった。行ける奴が行けばいいよな。
実家へ向かうのは月末にした。お盆には絶対顔を出したくない。
兄貴と姉ちゃんと日程をどうにか合わせ、平日に向かうことになった。兄貴には、
「俺は仕事があるんだぞ」
と怒られてしまった。でも土日は絶対嫌だしお盆も嫌だとがんばった。
おっちゃんにも向かう日を伝え、ニワトリたちも説得し、おっちゃんがごはんを用意しに来てくれるということは伝えてある。一応相川さんにも知らせてあるし弁護士さんの名刺ももらったし、準備は万端だ。
そして向かう前日、伯父さんには、今月の新規の契約などは一度受付を止めてもらうよう連絡した。
「まだ何台か停められるんだけどねえ」
「一度現地を確認してから話しますから」
そう言ったら伯父さんは慌てた様子を見せた。
「ええっ? 昇平君は今遠いところにいるんじゃないのかい? こっちにはいつ頃来るつもりなのかな?」
「……そうですね。涼しくなったら行きますので、それまで新規の契約はストップしてくださいね。契約者さんのことも確認したいですから。そこらへんのことは母さんと話してください」
「そ、そうか。すぐにではないんだね……」
「ええ」
今すぐじゃあないよ。明日には向かうけどな。
余程後ろめたいことがあるのか、伯父はそれからもなんやかや言って俺を実家に近づけないような話をしていた。
母さんに頼んで、明日は伯父に実家に来てもらうことにはなっている。母さんがもらいものが多くて困っているようなことを伯父に伝えたところ、がめつい伯父が引き取りに来るそうだ。その指定日が明日なのである。
母さんにはお昼ご飯を振舞って伯父を足止めしてもらうよう頼んである。それにかかった金額は払うと言ったら怒られてしまった。
「もうっ! 子どもがそんなこと気にするんじゃないわよ! だいたい私が兄を止められなかったのが原因じゃない? 気を付けて帰ってきてね」
「いや、俺がもらった土地なんだから俺が決めなきゃいけなかったんだよ。母さん、悪いけど頼むよ」
成人したら自分の決定は自分で責任を取るべきだと思うのだ。未成年なら親の庇護下だけど、俺はもう別のところに住んでいるわけだし。
翌朝、まだ暗いうちにタマが俺の足の上に乗った。
「……タマ……だから上に乗るのはやめろっつってんだろーが!」
それになんでこんな早い時間に起こされなければならないのか。タマはバッと俺から下りると、ドドドドドと廊下を駆けて逃げて行った。
「だから閉めていけってのーっ!」
「ヤダー」
「やだじゃないだろーがっ!」
いつものやりとりに苦笑する。
大丈夫、俺はちゃんと戦えるから。
「おしっ!」
俺は勢いよく布団から起き上がった。
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