543.もう食材にしか見えない
相川さんに先導してもらい、うちの山から裏山に足を踏み入れた。
ニワトリたちがそれなりに回っているのか、手入れを全くしていない割には歩きやすく感じられた。とはいえやはり草木が邪魔だ。やっぱり少しは手入れしないと、と反省した。
シカが倒れていた場所は、思ったより遠かった。ポチがヒマそうに地面をつついたり、キョロキョロしたりしていた。
「ポチ、見張っててくれたのか。ありがとうな~」
ポチは秋本さんたちの姿を認めると、ココッ! と鳴いた。そこらへんからちょうどいい枝を切って天秤棒代わりにする。そしてシカの足を括りつけて二人ずつで背負っていくことにした。
「今回のシカは随分でかいな。もう何年も生きてる個体かもしれないな!」
秋本さんはご機嫌である。
「そういうのって大きさとかで測れるものなんですか?」
「正確には角だな。まだ六月だからそれほど伸びてないが、枝分かれしてるだろ? 少なくともそれで二年以上生きてる個体だってことがわかる」
「へー」
シカは角の枝分かれで判断できるようだ。勉強になった。
シカを二人で担ぐ。ずっしりときた。けっこう重いのに、秋本さんはずっとご機嫌だった。
「九月以降になりゃ立派な角が取れるんだがなぁ。ま、とにかく食っちまうのが一番だろ! このシカどうする?」
どうにかうちまで運び、秋本さんの軽トラに載せたところで聞かれた。ポチは一番後ろにいて、何かこないか警戒していたみたいだった。
「あー……そういえば決めてませんでした……」
「ニワトリが率先して狩りに行くんだからしょうがねえよな」
陸奥さんが笑った。
ポチが近づいてきた。どうやら遊びに行きたいらしい。
「ポチ、ありがとうな。遊びに行っていいぞ。でももう何も狩ってくるなよ?」
ポチはコッ! と返事をすると上機嫌で尾をフリフリしながら遊びに出かけた。鱗がついた立派な尾である。当たったら骨が折れそうだなと毎回思う。
気を取り直して話を戻すことにした。
「おっちゃんちに頼んでもいいんですけど……」
今回は陸奥さんも来てくれたしな。
「うちのことは気にしなくていいぞ。宴会には呼んでほしいがな」
陸奥さんはそう言ってニッカリと笑った。相川さんは目的を遂げたのでにこにこしている。
「解体費用は僕も負担しますから大丈夫ですよ」
まぁ一頭は譲った形になったから、多少はお願いしたい。つっても三頭ももらってもどうしようもなかっただろうから、相川さんにはやっぱり甘えてばかりだと思う。
「おばさんに聞いてみます」
おっちゃんちに電話をかけた。
「おー、昇平。どうしたんだ?」
「おっちゃん、またポチとタマがシカを二頭捕まえちゃってさ……おばさんいる?」
「ソイツぁすげえなぁ。代わるわ」
おっちゃんはすんなりおばさんに電話を代わってくれた。
「昇ちゃん? どうしたの?」
シカの話をし、おばさんにもし余裕があれば調理してもらいたいということを告げた。無理そうなら大丈夫とも。
おばさんは苦笑した。
「昇ちゃんてば、本当に水臭いわねぇ。あたしに声をかけてきてくれたのは本当に嬉しいのよ? いくらでも調理するから持ってきなさい!」
「ありがとうございます! 今回は陸奥さんもいらしたので陸奥さんも……」
「そんなの誰を呼んだっていいわよ! 遠慮しないでちょうだい」
かえって叱られてしまった。いろんな人に甘えっぱなしだけどしょうがない。
「ええと、おっちゃんちで宴会します……」
電話を切ってから秋本さんに告げれば、みんなにんまりした。
「よっしゃー! また宴会だー!」
「はいはい……」
「宴会はいいよなぁ」
秋本さん、結城さん、陸奥さんがそれぞれの反応を見せた。結城さんはたいへんそうだが、「湯本さんちの料理おいしいですよね」と言っているから楽しみではあるんだろう。
「僕も楽しみです。今度はどんな料理が出てくるんでしょうね?」
「そうだな。さすがにこの時期は肉の味がそんなにいいわけじゃねえからなぁ……」
「ミンチとか濃い味つけが一番ですかね。ステーキとかには向かないかな」
相川さんは陸奥さんとそんなことを言っている。
「ミンチだと、肉団子とか、餃子ですかねー」
それで以前松山さんのところでいただいたシカ肉の水餃子を思い出した。あれは確か山唐さんが作ってくれたんだっけか。
「どれもおいしそうですね」
みな、秋本さんの軽トラの荷台に載せたシカを見やった。害獣というよりもう食材にしか見えていない。
「じゃあ解体してくるわ。なんかあったら連絡する。明日はまだ早いから、早くて明後日だな」
「明々後日とかでもいいですけど」
「そこらへんはゆもっちゃんと相談してくれ」
「はい、よろしくお願いします」
秋本さんと陸奥さんの軽トラを見送ってから、「お昼ご飯にしましょうか」と相川さんに声をかけた。
「はい。ありがとうございます」
相川さんは苦笑しておなかを手で押さえた。随分と腹を空かせていたみたいである。
「タマとユマの卵で、トマトとの炒めでいいですか?」
「ありがとうございます!」
相川さんの声がとても嬉しそうに弾んだ。みんな大好きタマユマの卵だよな~なんて思った。
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