508.小さい時期は短い
「ミテルー」
ユマがひよこを見ていてくれるらしいので、午後は俺一人で家や畑の周りの草を抜いたりしていた。じっと見てると伸びていないように見えるのに、翌日になると伸びてるってなんなんだろうな。竹ほど成長が早いわけではないが、気が付くと抜かなきゃいけない状態になっている。しかもどっから種が飛んできてるんだよって思うぐらいいろんな種類が生えてくるし。風とか、虫とかが運んでくるんだろうけど、困ったものだ。
抜く時はどうしても腰に負担がかかる。立ち上がって腰をトントン叩く。俺はじじいかよと一人ツッコミした。
立ち上がって伸びをする。これもあんまり勢いよくやるといけないんだっけか。いろいろ面倒だがしかたない。
しっかし以前に比べれば筋肉ついたよな。柔らかくて大丈夫かって思ってた腹も割れたし、山暮らしってすげえなと思う。ただしおっちゃんとこのおばさんやら、松山のおばさん、相川さんたちからおいしいごはんを食べさせてもらっているので肉も多少ついている。ごはんがおいしいのがいけない。その分作業をしないとな~。
そろそろお茶でも飲むかと家に戻る。メイがまた居間と土間の境でユマのおなかに埋まっていた。
「ピィピィピィ」
「餌でも食べろよ~」
ダンボールの中の水を替え、餌を追加してメイを箱に戻す。メイはすぐに水を飲んだり餌をついばんだ。さすがにユマじゃメイを箱の中に戻すなんてことはできないしな。
「ユマ、メイの面倒をみてくれて本当にありがとうな~」
青菜を冷蔵庫から出して洗い、ユマにあげた。パリパリと音を立てて食べてくれた。
お茶を淹れて飲む。うん、日本茶がうまい。
実家にいた時は自分でお茶を淹れるなんてこともなかった。おっちゃんのところの自家製のお茶をもらってきている。茶葉の量一つとっても何も知らなかったななんて思い出した。
スマホを確認したらおっちゃんから着信があった。
なんだろうとかけ直したらすぐに出た。珍しいこともあるものだ。
「もしもし?」
「おお、昇平か。ひよこ見に行っていいか?」
時間を確認する。さすがに今から来るとトンボ帰りになるだろう。
「明日ならいいですよ」
「そうかそうか。いやあ、うちのが見たいっつっててなぁ」
「ああ、おばさんもですか。かまいませんよ」
「すまんなあ。おーい、いいってよ」
おっちゃんがおばさんに声をかけたようだ。バタバタと音がして、
「昇ちゃん? 落ち着いてからと思ったんだけど、どうしても見たくなっちゃってねぇ。だってひよこの時期なんて一瞬じゃない?」
おばさんに電話が換わった。
「そうですね。小さい頃って一瞬ですよねー」
「明日昼ぐらいに行ってもいい? おかずを作って持っていくから」
「おかまいなく」
「お邪魔するんだからそれぐらいはね~」
「ありがとうございます」
おばさんの料理はとてもおいしいから、そう言ってもらえるのが嬉しい。そう、全然断るつもりはないのだ。「おかまいなく」なんて言ったって本当はおばさんの料理は食べたいんである。
「何がいいかしらねぇ。昇ちゃん食べたいものある?」
「うーん、今が旬のものってなんでしたっけ」
「新じゃががまだあるから煮っころがしでも持っていこうか」
「是非!」
思わずにまにましてしまった。
電話を切ってからメイの様子を確認すると、ダンボールから出ようとしたのかへんな形になって寝ていた。どうやら力尽きたようである。まさに電池が切れたような恰好で寝ていて思わず笑ってしまった。そっとダンボール箱の中に戻し、ユマの羽をそっと撫でた。
「ひよこってかわいいよな」
「ヒヨコー?」
ユマがコキャッと首を傾げた。
「メイだよ」
「メイ、カワイー」
「うん」
「ユマー」
ユマが俺をじっと見ながら「ユマー」ともう一度言った。
「ああ……ユマもかわいいよ」
「ユマー、カワイー」
「うんうん。ユマはとってもかわいいよ」
ひよこもかわいいけど、ユマのかわいさにはかなわないよな。食べる量は少しずつ増えてきているがまだ前食べていた量には届かない。タマみたいにほっそりしてしまって、ちょっと寂しい。
やっぱ前のユマは丸々してたんだな。毎日見てたからあんまり意識してなかったけど。
でもさすがに抱卵ダイエットはいただけない。次もしもひよこが欲しいと思ったら孵卵器を借りようと思った。
ひよこが寝ているので俺は家の中の作業をし、ユマは表へ出た。動かないと身体によくないし、食欲も戻らないしな。以前の丸いフォルムでも異常なしって木本医師が言っていたから大丈夫だろう。つか、俺はユマならなんでもいいということにやっと気づいた。
あれ? ちょっとほっそりしたからもしかして今なら一緒に風呂に入れるんじゃないか?
夕方になってポチとタマが帰ってきた。今日は低木かなにかに突っ込んだのか、ところどころ草が付いていたり、細い枝が刺さっていたりした。虫は気にするのになんでこういうのは気にしないんだ?
不思議だなと首を傾げながら草だの枝だのをぽいぽい抜いたり羽を整えたりして二羽を洗った。ニワトリと一緒に暮らすまで、俺は自分がこんなに甲斐甲斐しく何かの世話をするなんて思ってもみなかった。
「よーし、キレイになったぞー」
二羽がキレイになると嬉しい。ポチとタマは当たり前のように家の中に入った。そしてきょろきょろと家の中を見回した。
「メイならユマのおなかのところだぞ」
メイはどうしても土間に下りたいらしく、またユマのおなかの羽に埋もれていた。
ココッ、ココッとニワトリたちが何やらメイに話しているようなのが平和だなと思ったのだった。
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