一年経ってからの六月
507.おかしなことなんてないと思っていた
連絡してすぐに軽トラを運転して来たらしく、一時間もしないうちに木本医師は到着した。
なんかこの先生いつも往診しているような気がするな。
「こんにちは、佐野君! ひよこは? ひよこはどこかな?」
木本医師は軽トラから転がるようにして下り、慌てて診察用の鞄を助手席から出した。慌て過ぎである。
「こんにちは、ひよこは逃げませんから落ち着いてください」
ちなみに、木本医師が来ると言ったらポチはすごい速さで逃げていった。それをタマが追いかけていこうとしたから、「今日は遊んできていいぞー」と声をかけた。
「ワカッター」
タマは律儀に返事をし、予定通りポチをツッタカターと追いかけていった。いつもアイツら本当に何やってんだろうなぁ。以前おっかけていこうとしたことがあったけど、途中でタマに跳び蹴りくらったんだよな。(100万PV記念SS参照。近況ノートより)
ユマは家の中に残ってひよこを見ていてくれている。
「家の中にいますので」
「うん! いやあ楽しみだなぁ!」
「ただのひよこですよ?」
「ただの、じゃないだろう!」
木本医師、大興奮である。
うーん、まぁユマが温めた卵から産まれた大事なひよこだけど、ひよこはひよこだしなぁ。首を傾げながら家に案内したら、ユマが土間と居間の境にくっついていて、そのおなか部分に黄色い羽が。
「ピィピィピィ」
うん、あれメイだよな。
「ユマ、メイの面倒看てくれてありがとうな」
どうやら居間から落ちそうになったのをユマがおなかでガードしてくれたみたいだった。なんだこのすんごくかわいい光景。これが萌えか。
「メイ、木本先生来たぞ~」
ユマのおなかのところからメイを掬い上げて木本先生に見せたら、先生は目を見開いていた。
「やっぱり普通のひよこじゃなかったー!」
「え?」
「佐野君には見えないのかな? この尾が!」
「ああ……」
言われてみればメイにもうちのニワトリたちと同じようなトカゲっぽい尾がある。でもタマかユマの卵なんだからそれは想像できたことだし。
「そうですね。うちのニワトリたちと同じなので気にしていませんでした」
「やはりマニラプトル類なんだろうか! 羽毛恐竜で間違いないと思うんだよ!」
「そうなんですかね」
それはそれで全然かまわない。
「すごいなぁ。すごい出会いだねぇ。その子を見せてもらっていいかい?」
「はい、どうぞ」
「ピィ?」
木本医師に渡すと興味深そうに眺め、尾に触れたりいろいろしてから返してくれた。ひよこをダンボールの中に戻したら思い出したように水を飲んだり餌を食べたりした。
「ここの、ポチ君たちもこんなかんじで売られていたのかな?」
「あー、そうですね。もう少し大きかったような気はしますけど、頭に色が塗られていたので尾までは意識してなかったんです」
「そうなると帰ってからおかしいと思ったかんじかな?」
「そう、ですね……でもなんか、餌とかいろいろつけてもらっちゃったんでそれどころじゃなかったというか……」
今考えるとおかしな話ではあった。カラーひよこを三羽買ったら餌だの保温用のヒーターだのといろいろまとめてもらってしまったのだ。(もちろんそれなりに払いはした)ひよこを売って足が出るようではとても商売にならないだろう。
「佐野君の時は春祭りだったんだっけ?」
「そうなんです。春祭りなんて何年もしてなかったらしいんですけど、あの年たまたま開催することになったらしくて。これも縁ですね」
「そうだね。すごい縁だね」
木本医師もうんうんと頷いた。今日は昼ご飯は隣村の山の上で食べることになっているそうだ。なのでお茶と漬物、そしてお茶菓子を出すに留めた。
「隣村って、ここからだとけっこう遠回りする形になるんでしたっけ?」
「うん、ここからだと直線距離で行けないからねぇ。一度S町の方へ戻って、途中から東に向かってぐるーっと回ってそのまま西に向かうと着くかんじかな~」
木本医師の説明だとよくわからなかった。ただ遠回りだというのは間違いないらしい。
「この村からだと、隣村に繋がる峠は整備されてないからね。歩いてだったら抜けられるかもしれないけど、山だから車で遠回りした方が早いかな」
「松山さんの山の裏手がもう隣村になるんですか?」
「いや、松山さんのところの裏は国有林だよ、確か。その向こうが隣村だ」
「へー」
本当にこの辺りは山ばっかりだ。
「ユマちゃん、メイちゃんありがとう。君たちのおかげでまた寿命が伸びそうだよ。近々また来るからよろしくね~」
木本医師はユマの状態もチェックして異常がないことを確認してくれた。もちろん診察代は渡させてもらった。
「僕が診たいだけなんだからもらえないよ~」
「じゃあ今度からは他の獣医さんに頼みますから」
「そんな~」
一万円じゃ足りないかもしれないけどとその手にねじ込んだ。
「多すぎだよ~。じゃあ次の診察ではもらわないからね?」
「出張費だってあるでしょう」
「もー、なんでこの辺りの若者はみんなこんなにきっちりしてるのかなぁ! もう少しアバウトでもいいと思うんだよ~」
木本医師はぶつぶつ言いながらも上機嫌で帰って行った。みんなきっちりしてるならいいじゃないかと改めて思う。
でも、どうやったらおっちゃんに金を渡すことができるんだろうか。それが目下の俺の悩みだった。(今朝と考えていることが全く変わってない)
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490万PVありがとうございます! これからもよろしくですー!
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