454.ヒマ人が多いらしい
「おかえり~、遅かった? ね~」
戻ってきたことに気づいたのか、桂木妹が庭の方からこちらへ来た。洗濯物を干していたみたいだ。
「どうだった~?」
「うん、祠があった場所は見つけたよ。でも祠が壊れちゃってたから通販しようかと思って」
「へー? おねーちゃん物知りだね?」
桂木妹は首を傾げた。さすがに桂木妹は知らなかったらしい。っつーか普通は調べないよな。
「妻木さん、元平さん、よかったらお茶してってください。カレーでよければお昼ごはんもありますけど」
おじさんたちは頭を掻いた。
「いやいや、お昼はうちで食べるからいいよ。茶だけいただくよ」
「はーい、ちょっと待ってくださいね」
桂木さんはにこっとすると妹と共に家の中へ入っていった。俺はタマの姿を探す。まださきほどの木のところにいた。ホント、ドラゴンさんと仲良しだよな。
「で、佐野君の彼女はどっちだ?」
「は?」
おじさんたちににやにやしながら聞かれ、俺は素で返してしまった。
「……どっちも違いますよ」
「なんだ」
「そうか。賭けに負けちまったなぁ」
どうやらおじさんたちは俺たちの関係を賭けていたらしい。俺は苦笑した。
「佐野君、決まった相手はいんのか?」
妻木さんに聞かれてどう答えようか逡巡する。いると答えれば相手を聞かれるだろうし、いないと答えると……それはそれで面倒なことになりそうな気もする。でも嘘をついたらついたで後が面倒なので正直に答えた。
「いませんよ」
「そっか。じゃあうちの姪っ子なんかどうだ?」
元平さんが悪びれもせずに言う。
「すみませんが、今はニワトリたちの世話で手いっぱいで彼女のこととか考えられないんです」
「そうかー」
「残念だなぁ」
おじさんたちはそう言いながら、お茶を飲んでお菓子を食べると帰っていった。俺はニワトリたちが満足したら帰ると言っておじさんたちを見送った。
「佐野さん、付き添っていただいてありがとうございました。ユマちゃんも、ありがとうね」
桂木さんに改めて頭を下げられた。
「え? いや、別に気にしなくていいよ。俺も気になってたからね」
「よかった……それでなんですけど……祠を買ったら、設置とかするのにまた、付き添っていただいてもいいですか?」
「うん、別にいいよ」
「ありがとうございます。佐野さん、ごはん食べていきますよね?」
「ああ、うん……いただいてもいいならいただいていくよ」
「カレーなんですけど」
「ああ、うん。俺カレー好きだし」
「よかった!」
桂木さんはにっこりした。あのおじさんたちは全然悪い人ではないが、それでもここは女所帯だ。多少なりとも緊張するんだろう。でもそれをいったら俺も若い男だから、少しは警戒心は持ってもらえた方がいいんだけどな。何もする気はないけどさ。
「タマちゃんとユマちゃんは何食べます?」
「野菜とかあったらそれはそれで助かるけど、多分そこらへんで虫つついてるから大丈夫じゃないかな」
「そんなわけにいきませんよ~。小松菜でいいかな?」
「ありがとう」
実際昼はそこらへんでつついてることが多いけど、ごはんがあればそれはそれで助かる。去年と違って随分身体もでかくなったしな。
とてもいい季節だ。縁側に座布団を置かれたところに腰掛けてまったりする。先にニワトリたち用の野菜を出してもらえたのでありがたくいただいた。大きなお皿で出てきたけど、多分割られるだろうことを伝えたらボウルと大きめの鍋が出てきた。普通は同じ大きさのボウルは持ってないかもしれない。
「おーい、タマー、ユマー、ごはんだぞー」
呼んだら二羽は普通に駆けてきた。今日タマはドラゴンさんの側でまったりすることにしたらしい。お昼ご飯をいただいたら帰る予定だから、近くにいてくれるのは助かる。
「多少虫食いがあるんですけど……」
「大丈夫だよ。虫も食べるし」
好みじゃない虫なら食べないだろうしな。つか、毛虫とかもけっこう平気で食べるんだが、虫で好き嫌いとか、うちのニワトリたちにはあるんだろうか。家に帰って、思い出したら聞いてみようと思った。
それでふと思い出した。おじさんたちがいる時は出せなかったのだ。
「あ、そうだ。サラダチキンの試供品があるんだけどいらない?」
「え? 試供品って?」
桂木さんが首を傾げた。別にあざとくはないし、普通にその仕草はかわいく見えた。
「養鶏場に行く用事があってさ。松山さんのところからもらってきたんだよ。感想を聞かせてくれってさ」
「ええ~? こんなに、いいんですか?」
車に戻ってクーラーボックスに入れておいたサラダチキンの入った袋を桂木さんに渡すと、彼女は目を丸くした。
「うわー、いろいろありますね~。嬉しい! 食べた感想とかって、佐野さんに言えばいいですか?」
「うん、それでいいよ」
松山さんのところの電話番号は聞いているだろうが、そんなに交流もないだろうし。
「リエ、リエ~、佐野さんからこんなにサラダチキンもらっちゃった~」
「ええ~!? こっちがお礼しなきゃいけないのにもらうとかどういうこと~?」
「いや、それ、松山さんのところからの試供品だから……」
俺があげたわけではない。
「おねーちゃん、ちゃんとおにーさんにお礼したー? おじさんたちには謝礼とか渡してたじゃん」
桂木妹がカレー鍋を縁側に持って出てきた。とてもいい香りがする。カレーって本当においしいよな。
「あー、うん……一応用意はしてるんだけど……」
おずおずと桂木さんが封筒を手渡してこようとするのを手で制した。
「隣山だし、桂木さんは妹だよ」
「……ギフト券とかでも受け取ってくれないの~?」
桂木妹がマイペースにカレーをよそってくれた。
「うん、使えるところもないだろ? カレーありがとな~」
うん、おいしい。自分で作るカレーも、誰かが作ってくれるカレーも好きだ。毎日でもいい。
おかわりをさせてもらって、それならと野菜をいくらかいただいて帰った。
謝礼よりも素直にありがたいと思った。
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