443.西の山の住人は食べることが好き

 大豆や青大豆は大体8時間ぐらい水に浸けてふやかす必要があるらしい。

 まだ昼前だったけど、今日はどうしようかなと思った。6時間でもいいらしいがそうすると煮る時間が長くなるみたいだ。ネットで見たから本当かどうかはわからないが、夜浸けて朝煮るのが正しいかもしれない。というわけで今日は寝る前に水に浸けることにした。大豆も青大豆もとても楽しみである。

 みそ汁は朝の残りがあったので昼はそれを食べた。厚揚げに焼き目をつけて、生姜醤油をかけて食べる。


「うわ、幸せ……」


 生姜は横着しないで擦る。生姜はチューブのも売ってるからあればそれでいいけど、今は切らしていた。今度N町に行く時の買い物リストに入れておこう。雑貨屋には売ってなかった気がするし。

 ユマには白菜といつもの餌におからをもう少し混ぜて出した。機嫌良さそうに食べてくれた。

 午後は何をしようかなと考えて、相川さんにLINEを入れた。干豆腐(ガンドウフ)って知ってるかなと思って。


「今日豆腐屋で干豆腐っていうのをもらったのですが、知ってますか?」


 腹ごなしに畑の様子を見に表へ出た。昨日の雨の影響はないように見えた。あと数日したら小松菜も収穫できそうである。何度でも獲れるからいい野菜だよな。一応葉っぱを見て虫などがついてないかどうか確認していたらスマホが鳴った。

 相川さんからの返信だった。


「豆腐屋で売ってるんですか?」


 なんか食いついてきたっぽい。


「いえ、なんか試作品ってことで板状でもらいました。気に入ったら買ってくれと言われまして」

「調理法とかわかりますか?」

「一応和え物みたいなのはわかりそうですけど、炒め物とかはどうしたらいいのかさっぱりです」


 とうとう電話がかかってきた。


「佐野さん」

「はい」

「干豆腐、食べたいです。調理させてください」

「あ、ハイ」


 ってことで今夜は相川さんが泊まりにくることになった。相川さんて面白いよな。食べるの大好きだし。おいしいご飯を作ってもらえるから俺としては嬉しいけど。


「リンさんたちは……」

「今日は連れていきません」

「わかりました。他にもスンドゥブチゲの素とかも買ってきたので、ごはんをいっぱい炊いた方がいいですかねー」

「その方がいいかと思います。佐野さん」

「はい」

「いつも僕のわがままを聞いてくれてありがとうございます」


 そう言って電話は切れた。


「わがままって……」


 基本迷惑かけてるのは俺の方だと思うんだが。頭を掻いた。油揚げのみそ汁はまた明日にしよう。

 昨日の話も聞けるかな。あの雨はいったいなんだったんだろう。

 嫌なことも思い出した。

 愚痴っちゃいけないよなとは思う。


「ビールとかってあったっけ……」


 缶を一本か二本ぐらいなら買ってあったような気がする。また買ってこよう。そんなことを思いながら、家の中を掃除した。

 四時過ぎに相川さんが来た。相変わらずフットワークが軽い。


「すみません、佐野さん。無理を言ってしまって」

「いえいえ。特に予定もないのでゆっくりしていってください」


 目下どうしてもやらなければいけないことはないはずだ。桂木さんに要請されたら桂木さんの山の神様を見に行くつもりではいるけど、それも今日明日の話じゃないだろう。あとはせいぜい圭司さんがGWにまた来るまでに山の手入れをしておくぐらいである。これも急いでないからぶっちゃけ何年かけて整備してもいいはずだ。

 ユマが相川さんを見てコキャッと首を傾げた。


「こんにちは、ユマさん。今日はリンはいないんです」

「ワカッター」


 ユマはトットットッと畑の向こうへ歩いて行った。


「今の時期って、リンさんとテンさんはどうしているんですか?」

「主に裏山の方へ行ってますね。冬眠中の縄張りの確認かと思います」

「そういえば裏山の獲物が全然見つからなかった理由ってわかったんですか?」

「さぁ……リンには裏山に獲物がいたようなことは聞いていますから、なんらかの要因で一時的にいなくなったように見えただけなのかもしれません。でも佐野さんのところの裏山はけっこう豊富でしたよね」

「ですね。なんだったんでしょうねぇ」


 そんなことを話しながら家に入り、豆腐屋で作ったという干豆腐を見せた。


「ああ、見事に板状ですね。これだと炒め物とかでもおいしそうですよ」


 相川さんが嬉しそうに言う。


「佐野さん、夕飯の支度は僕がしてもかまいませんか?」

「はい、ありがとうございます」


 相川さんの手料理はおいしいので万々歳だ。何を作るかを話している間にポチとタマが帰ってきた。案の定泥だらけだった。


「ポチさん、タマさん、こんばんは」


 相川さんが挨拶をすると、タマが目をむいた。なんでここにいるんだと言わんばかりだ。


「……リンとテンは来ていませんよ?」


 相川さんが苦笑してそう言うと、タマはツンとそっぽを向いた。全く、なんて態度なんだ。

 相川さんに夕飯の支度を頼んで俺はポチとタマをがんばって洗った。泥はなかなか落ちないので勘弁してほしいなぁとぼやいたけど、なんか楽しかった。

 にこにこしてたらタマにつつかれた。なんでだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る