444.豆腐は全部おいしい

 何度か来ているせいか相川さんはうちの台所とかコンロのくせなんかも理解しているようだった。


「佐野さん、卵使ってもいいですか?」

「あ、タマとユマのですか? いいですよー」


 それでおいしい料理ができるというならなんでも使ってほしい。そろそろ家にストックしている餌がなくなりそうだと思ったので倉庫から取ってくることにした。暖かくなってきたからそろそろまとめて冷蔵庫に保管する必要がありそうだ。


「一応乾燥はしてるけどまずいよな」


 いくら山が涼しいといったって限度ってものがある。明日養鶏場に電話してきいてみようと思った。


「先にニワトリたちの餌をあげてもいいですか?」

「ええ、どうぞ」


 冷蔵庫からシシ肉を出して薄く切る。すぐにあげてしまうと冷たいからそのまま少し置き、その間に白菜を切ったりする。


「かなりの量食べますよね。食費とかたいへんじゃないですか?」

「そうですね。秋頃からけっこうかかるようになり始めましたけど、もう昼も戻ってこないのでそれなりにやっていけてますよ」


 暖かくなってくるとあちこちに餌があるみたいで昼なんて全然戻ってこない。夜もそろそろ様子を見ながら減らしていっても大丈夫だろうと思う。


「ごはんできたぞー」


 台を持ってきてその上にボウルを三つ置く。ボウルの中には養鶏場から買ってきた餌、白菜、そしてシシ肉のスライスが乗っている。俺から見てもなかなか贅沢な飯だと思った。

 ニワトリががつがつ餌を食べている横で相川さんが料理をしているというのがなんかシュールだった。俺も傍から見たらこんなかんじなんだろうな。

 ごはんはセットしてある。スンドゥブチゲも相川さんが作ってくれるというのでお任せした。また突然相川さんが来たから使える布団がないかどうか奥の部屋の押し入れを漁った。この間使った布団は大丈夫そうなのでまたそれを使うことにした。やっぱり定期的に布団は干しておかないとだめだなと思った。

 居間に戻るととてもいい匂いがしてきた。タマにつつかれた。なんでだ。


「いてっ、タマッ、痛いってっ!」

「あ、匂いですかね」


 相川さんが気づいて窓を開けてくれた。スンドゥブチゲは唐辛子の刺激がキツいかもしれない。


「臭いなら臭いって言えばいいだろ!」

「クサイー」

「クサイー」

「チョットー」


 やっぱりスンドゥブチゲの匂いが嫌だったらしい。ユマはいい子だな。そのまま大合唱を始められたら困るので、


「わかった。でも我慢してくれ」


 と頼んだ。そしてまたタマにつつかれた。だから痛いっての。直接聞いても聞かなくてもつつかれる運命らしかった。相川さんが笑っていた。笑ってもらえてよかったです。

 実際に作っている人に文句を言わない辺りうちのニワトリはえらいと思う。当たられるのは俺一人で十分だ。さすがに断りもせず触ってこようとする輩には容赦しないみたいだが。ま、うちのニワトリたちはのびのび暮らしてくれればいい。


「豆腐なのでけっこうおなかに溜まるとは思いますが、いただきましょう」


 相川さんに言われて、どんぶりにスンドゥブチゲをよそった。こちらに入っている卵は普通のだ。細切りの干豆腐(ガンドウフ)の和え物(ピーマンの細切りとごま、唐辛子の彩がキレイだ)と細切りの干豆腐と卵、キクラゲ、白菜の細切りが入った中華炒めは絶品だった。やっぱり一家に一台相川さんがほしい。


「お味はいかがですか?」

「とってもおいしいです!」


 もらってきた干豆腐は全て使ってもらったのでけっこうな量だがとてもおいしく食べられた。


「豆腐屋の干豆腐もおいしいですね。豆腐皮(ドウフピー)も作ってほしいです」

「豆腐皮ってなんですか?」


 またなんか違うメニューの予感だ。


「干豆腐とも似ているのですが、干豆腐は豆腐を圧縮して脱水したものです。豆腐皮は豆腐を圧縮してそのままシート状に引き伸ばしたものなので水分は含んだままです」

「へえ、それでどんな料理ができるんでしょう?」

「実際に何かを包む皮としても使えますし、本当になんにでも使えますよ」

「じゃあ豆腐屋さんに行く時言っておいてください」

「はい。手に入ったら佐野さんにも食べてもらいますね」

「ありがとうございます」


 全部おいしかった。そして全部豆腐だった。腹がきつい。さすがに炒め物は残ったので俺が明日食べさせてもらうことにした。和え物はいくらでも食べられそうだった。


「やっぱりタマさんとユマさんの卵は絶品ですね……」


 相川さんも満足したようだった。よかったよかった。

 あ、そうだ。寝る前に豆を水に浸けるのを忘れないようにしないと。


「明日の朝は大豆と青大豆を茹でる予定なんですけど、なんか作れますかね」

「大豆づくしですね」

「ええ。大豆の水煮が苦手だって言ったら、自分で固さを調節できる方がいいんじゃないかと教えてもらいまして」

「そうですね。水煮だと僕も柔らかすぎるかな。明日の朝の楽しみができました」

「またメニューを教えてください」


 そんなことを言いながら、動けるようになるまでけっこうかかった。


「食べすぎですね」


 なんてお互い苦笑したけど、食べることは大好きだから止められそうもない。その分動くしかないなと思ったのだった。


ーーーーー

どうにか更新できましたが、まだ家のネットは繋がってないのでこの後はできる限り予約更新していきます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る