425.珍しく真面目なことを話してた

 桂木さんにはコーヒー以外も持たされそうになったがそれはさすがに断った。

 手伝ってもらったからってことなんだろうけど、山暮らしはお互いさまだ。そんなに気を使わなくてもいいと思う。

 家の手前の四阿でニワトリたちに積もった雪を払い、足を洗ってやってから家に入れた。屋根のあるワンクッションって大事だなと思った。


「使ってくれていて嬉しいですね」

「すごく助かってますよ。もう少し広くてもよかったかなとは思いますけど」


 そう言ったら相川さんの目が一瞬キラーンと光ったように見えた。まさかな。


「畑の側までなら伸ばせるとは思いますが」

「いえいえ、大丈夫です」


 慌てて断った。相川さんもそうなんだけど、俺の知り合いはみんなでっかい工作が好きなようだ。人海戦術でとっとと作ってしまうんだから驚きである。俺もいずれあれぐらい器用になるんだろうかと思ったけど、やっぱ好きじゃないとな。

 相川さんのおかげで山道も全然雪が積もっていなくて助かった。それに、誰かが待っていてくれるというのがなんか嬉しい。特にこんな雪の日は余計だった。


「コーヒーもらっちゃいました」

「それはよかったですね」


 インスタントで十分だ。


「コーヒー淹れますね~」


 コーヒーを淹れたらぬか漬けが出てきた。うまい。


「これって相川さんが漬けてるんでしたっけ?」

「ええ。ただ漬けてるだけですからね。楽なものですよ」


 そうは言ってもぬか床の管理はたいへんだと聞いている。働いてたら難しいだろうなと思った。


「お昼は何をいただいてきたんですか?」

「カレーでした」

「おいしいですよね」

「ええ。俺としては毎日カレーでもいいぐらいです」

「なんで毎日食べても飽きないんでしょうねえ」


 お互い首を傾げた。

 ニワトリたちのごはんを用意する。シシ肉なら本当に売るほどあるなって思う。それでもニワトリたちが食べるから意外と早くなくなるんだけど。

 相川さんが夕飯の支度をしてくれていた。自分ちの台所じゃないと使いづらいだろうなと思う。ありがたいことだ。


「二人だからどうかとは思ったんですが、寒い日は鍋かなーと」

「おお!」


 相川さんが準備してくれたのは白菜とシシ肉のミルフィーユ鍋だった。チーズが入っていてとろーりとしている。シシ肉はかなり長い間下茹でをしてくれたらしく、柔らかくてとてもおいしかった。うん、下ごしらえ、大事だ。

 その他にこんにゃくの炒り煮とか、レンコンのきんぴらとか、大根の煮物とか俺の好物が出された。なんなんだもう、相川さんは神か!


「レンコンはレンコン農家さんから箱で売っていただいたので、少し持ってきましたけど使いますか?」

「ええ!? いいんですか?」

「どうぞどうぞ。一人だとなかなか消費しきれなくて」


 そんなこと言ってるけど相川さんのことだからうまく使っておいしく食べるんだろうなと思う。でもいただけるというならと、ありがたくいただくことにした。本当に相川さんには頭が上がらない。


「大根はもう時期的に終わりですね。ちょっと固くなってきてるかな」

「そうですね。でも、おいしいですよ」


 確かにちょっと固い気もするけど問題ない。野菜類にはどうしても旬の時期というものがある。ハウス栽培や、物流がスムーズなおかげで一年中トマトなんかも食べられるが、やはりその時期に食べるものが一番おいしいと俺は思う。


「もう狩猟の季節も終わりですか」

「ええ。害獣に関しては、これからは罠になりますね」


 銃でズドンとやれればそれはそれでいいらしいが、弾の使用にも制限があったりといろいろ面倒らしい。それでもシカやイノシシには天敵がいないのだからと狩猟は続けるそうだ。

 ふと、ネットで見たニュースを思い出した。


「そういえば最近シカの特定外来生物が増えてるらしいですね」

「ああ、キョンですか。今のところ一部の地域だけのようですが、天敵がいませんからすぐに広がるでしょうね。困ったものです」


 相川さんがため息をついた。シカとかイノシシとかって、農家にとっては死活問題だよな。シカは見た目がかわいいから殺すなとか文句を言う人もいるらしいが、自分が農家やってから言えと思ってしまう。


「ああいうのってどうにかならないんですかね」

「どうにかならなかったから増えてるんですよ。自治体で捕らえるといっても限度がありますし、狩猟人口も減ってますしね。国がきちんと考えてやらないといけないはずなんですが、国会とか見てると、ねえ」


 相川さんが苦笑する。確かに国会中継とか見てられないよな。

 だったらお前が議員になればとか言う人もいるんだけど、まず立候補に相当金がかかる。無所属とかだと自分でその供託金を捻出しなきゃならない。そんなことはできないから、せめて選挙だけは行くようにしている。投票は義務ではないけど、自分たちの生活を誰かにまんま委ねるって恐ろしくないんだろうか。俺は義務だととらえて行くだけだ。できれば投票率ももっと上がってほしいけど、そこは個人の自由なんだろう。


「相川さんは選挙って行きます?」

「行きますよ。せっかくの権利じゃないですか」


 相川さんはさらりと答えた。


「三大義務は何があっても行わないといけないのに三大権利は放棄できるって不思議ですよね」

「えっと……教育、勤労、納税でしたっけ」

「ええ」

「確かに、親になったら子女に義務教育を受けさせなければならない。で、働かなければならない。納税は絶対ですね」


 苦笑した。働く、というのは会社で働くことだけではない。お金をもらわなくても仕事をすることが「働く」だ。そして、生きているだけで税金はかかる。その義務は負わなければならないのだ。

 権利は行使するべきである。ちなみに三大権利とは、生存権(健康で文化的な最低限度の生活を営む権利)、教育を受ける権利、参政権(政治に参加する権利)だ。小学校だか中学校で習った記憶がある。

 ビールも入って気分がいい。ごはんもおいしいし、なんか難しいことも話して楽しかった。

 明日は雪が止んでるといいなと思った。




ーーーーー

注:佐野君と相川君は義務を負わないといけないなら、権利は行使するべきって考え方です。あくまでこれは彼らの見解です。

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