413.ニワトリ派遣はそろそろ終るかも?

 翌朝は相川さんが上機嫌で起こしにきた。

 朝相川さんが寝ているところなんてほとんど見たことがない気がする。ほぼ同じ時間に寝ているはずなんだけど睡眠時間足りてんのかなとかちら、と思った。


「佐野さん、おはようございます。今朝は雑炊みたいですよ」


 相川さんに言われてバッと飛び起きた。シシ鍋の翌朝の雑炊は至福だ。


「……タマとユマの卵使ってますよね?」

「そうみたいです」


 それは是非ともいただかなくては!

 というわけで急いで布団を畳んだり身支度を整えたりして玄関横の居間へ向かった。


「おう、昇平起きたか」

「おはようございます。おっちゃんもあれだけ飲んでたのに早いですね」

「タマとユマの卵で雑炊とか聞いて昇平は寝てられんのか?」

「起きますね」


 そりゃあどんなに眠くたって起きるわな。食わなきゃ死ぬぐらいの勢いだ。しかも昨日の鍋の残りは全て掬い、あくなども取って濾した汁を使うのだ。うまくないわけがない。俺だったら鍋の残りにそのまま米と溶き卵ぶち込んで食べることは間違いないだろう。

 まぁ一人用の鍋ってのもあって試してはみたけど、やっぱ一人だとわびしいんだよな。

 昨日のシシカツがタマネギと卵とじで出てくるしもうどうすればいいのかわからない。ぬか漬けがうまい。

 雑炊を食べ終え、鍋をおばさんが片付けて証拠隠滅した辺りで陸奥さんと戸山さんが起き出してきた。


「あ~、また寝過ごしちまったな~」

「ごはんがおいしいって幸せだよね~」


 陸奥さんは頭を軽く掻きながら座り、戸山さんは腹を揺らした。

 二人にはいつも通りの梅茶漬けが出され、シシカツの卵とじが二、三切れ出された。この卵もタマかユマのである。陸奥さんと戸山さんは途端に上機嫌になった。

 ニワトリたちはとっくに畑へ駆けていったらしい。ニワトリたちに朝ごはんも普通にあげてくれるおばさんにはホント頭が上がらない。

 食べ終えてから外に出た。四月が近いせいか空気もそれほど冷えていない気がする。

 相川さんも付き合ってくれるというので一緒に畑の方へ向かった。


「あれ?」


 いつもだったらすぐ見つかるはずのニワトリたちの姿が見えなかった。アイツらどこへ行ったんだ? 俺は目をパチパチさせた。死角かなんかにいるか、たまたま目の錯覚で見えないだけかと思ったのだ。思ってないところにいると目の前にいても一瞬見えないとかあるからな。思い込みってこわい。


「相川さん……ニワトリたち、いませんよね?」

「そうですね……見えませんね」


 畑と畑の間を歩く。山の方を見上げたがいるようには見えない。本当にどこに行ったのかと内心パニックだった。

 山の側に着いて、俺はニワトリたちを呼んだ。


「おーい! ポチー、タマー、ユマー、どこにいるんだー?」


 意外と大きな声が出た。


「ポチー、タマー、ユマー」


 何度か声をかけたら、クァーッ! と返事するような鳴き声がした。

 俺は相川さんと顔を見合わせた。というのも、


「隣の山から聞こえますね……」


 そう、本山さんの山から鳴き声が聞こえたのだ。人様の土地でいったい何をやってるんだ。


「ポチー、タマー、ユマー、どうしたんだー?」


 クァーッ! という返事と共にガサガサガサガサッといろいろかき分けているような音がした。そうして待っていたら、羽があちこちに跳ねて汚くなっているユマが戻ってきた。


「なんかあったのか? 人を呼んでこようか?」


 コココッとユマが俺の作業着の端を咥えた。


「着いてこいって言ってるのか?」

「あ、じゃあ僕電話します」

「お願いします」


 相川さんがおっちゃんのスマホに電話をした。


「あ、湯本さん? 相川です。ポチさんたちになにかあったようなので隣の山を見てきます。ユマさんが呼びにきました。はい、はい、わかりました」


 何度か受け答えをして、相川さんは電話を切った。


「佐野さん、ユマさん、お待たせしました。行きましょう」

「はい」


 ユマの後に着いて、おっちゃんちの山から隣山に向かった。全く、人んちの山で本当に何をやってるんだよ? と文句を言いたくなるぐらい山を上った。うちのニワトリたちの足なら大した距離ではないんだろうが、こんな藪の多いところを通ろうとしたらたいへんじゃないか。

 やがて、少し開けたような場所に着いた。


「うわっ」


 さすがに声を上げてしまった。


「……昨日のイノシシよりは小さいですね。しかも二頭ですか……人手が足りませんね」


 相川さんが考えるような顔をして言う。ポチとタマが得意げに尾をぶんぶん振り回していた。こえーっつーの。

 そしてその足元には二頭のイノシシが……。

 スマホを取り出してみたがさすがに圏外だった。相川さんと再び顔を見合わせた。早く冷やすとか血抜きをしないと肉がまずくなってしまう。

 イノシシを観察してみると、一頭はキレイなものだったが、もう一頭は怪我をしているように見えた。足が折れているのはニワトリたちのせいだろう。いったいなんでこちらの山に来ることにしたんだろうな? イノシシの姿かなんか見えて、追いかけてきたんだろうか。


「……とりあえず……ユマに先導してもらって一頭は運びますか」


 この山には川があるが裏の方にあるそうだ。とても裏までは運んでいけない。

 いつ倒したのかは知らないが、急がないとと思った。


ーーーーー

尾っぽぶんぶんぶん!(ぉぃ

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