377.炭焼きとかその後の日々
本格的に炭窯を作るのかと思っていたけどそういうわけではなかった。小屋自体はあるのでその下の炭づくりの窯のメンテナンスを徹底的にやってからという意味だったらしい。
そんなわけで俺の仕事は主に窯の温度の見張り役だった。
「今は商品化された炭焼き窯とかもあるんですけどね」
差し入れだと相川さんからお茶をいただいて、少し話をした。
「佐野さんも湯本さんと炭焼きをしたことがあったのでしたっけ?」
「ええ……あんなに温度管理が必要なものだったなんて思いませんでした……しかも窯も特にメンテナンスをしなかったので大した炭は作れませんでしたし」
あれは反省しきりである。おっちゃんもかなり久しぶりだったらしく反省したようだった。まず二人でやろうということが間違いだった。
「久しぶりすぎて忘れてたな。ごめんなー」
と言っていたが俺も他力本願だったから悪かったと思う。今回はいくらか分けてもらえることになっているので、それを使って水のろ過装置を更新しようと思っている。それは相川さんが手伝ってくれるそうだ。何から何までいつも助けてもらっているなと思う。でも本人が手伝ってくれる気満々だからいいのだろう。またなんらかの形でお礼をしないとな。
「商品化されてる炭窯っていくらぐらいするんですか?」
「さぁ……50万ぐらいじゃないですか」
「……ちょっと考える額ですね」
払えない金額ではないが、一年に一回ぐらいしかしないと考えると採算が取れないような気もする。
「うちは毎年炭作りはしますから付き合っていただけると助かります」
相川さんににこやかに言われて頭を下げた。
「よろしくお願いします」
ニワトリたちは相川さんの山で一日駆け回っていた。ユマはだいたい側にいてくれたが、それでもちょっと駆けたり、ポチやタマと交替したりはしていた。うんうん、ユマも俺に構わず運動した方がいいと思う。
炭焼き小屋の向かいの屋根がある簡単な作りの小屋で、交替で寝起きして窯を見守った。明日は土曜日なので川中さんが一日詰めるらしい。
「川中さんも炭って使うんですか?」
「炭はなんにでも使えますから欲しい方は多いですよ」
それもそうかと思った。
丸一日詰めてから川中さんとバトンタッチして山に戻った。そういえばテンさんはどこで冬眠をしているのだろうと少し気になった。冬眠用の小屋にいるとは聞いているけどどの辺にあるんだろう。うちの側だろうか。でも会いに行くわけではないのだからいいかと思い直した。
そんなことをしている間にもう2月も終わりに近づいてきた。本当に2月はあっという間だ。
「そろそろ一年になるのか……」
この山に来てもうすぐ一年が経とうとしている。
知り合って半年も経たないうちに婚約をして、結婚式の準備を始める段になって結婚前に短期留学をしたいというから行かせたのに、そのまま帰ってこないなんて誰が思うだろう。
「あれは……去年の一月だったか……」
思い出すだに胃がしくしくと痛んだ。
あんなひどい話があるかよ。
マンションだって生前贈与されて、帰ってきたらマンションに合う家具を買いに行こうって……。
「あ、なんか泣けてきた」
寒いからとか、夜だからとか言い訳をしながら涙を拭った。あれから一年経ったのにまだ泣ける自分が嫌だった。結局相手の親が慰謝料持って謝罪に来ただけで、本人はついぞ謝りにもこなかった。
だから、俺の中で不完全燃焼なのかもしれない。
婚約は解消されたからとっくに終った話ではあるのだけど。
ユマが近づいてきた。
「ユマ」
居間の畳の上だ。ユマが届く範囲に移動したらすりっと擦り寄ってきてくれた。
「ユマ、ありがとうな」
心なしか、ポチとタマも近くに寄ってくれている気がする。うちのニワトリたちは本当にいい子だ。
「ポチ、タマもありがとう」
タマはツン、とそっぽを向いた。そのツンっぷりに癒される日が来るとは思わなかった。
そういえば今年は春祭りはあるのだろうか。
「そういえば全然聞いてないな……」
明日にでも聞いてみようと思いながら、その日の夜は寝た。少しでもいい夢が見られたらいいなと思った。
翌日、炭窯を開けるというので相川さんの山に出かけた。木材もかなり量を使ったせいか、けっこうな量の炭ができていた。うちは少しいただき、ろ過装置用には作る時に持ってきてくれると相川さんがいうのでお任せした。さすがに製品化された炭のようにはいかないが、それでも自分で火を見ていた炭だ。大事に使おうと思った。
ろ過装置の入れ替えをするのはもう少し暖かくなってから手伝ってもらうことにした。炭焼きも終わったので相川さんたちはおっちゃんちの山に上ることにしたようだった。
おっちゃんちの隣の家に隣接した山は、一応隣の家に属しているらしい。というのも隣の家の人も手入れがたいへんなので山を手放したいと思っているようだった。
「手放したいなんて思ってもそうそう買い手なんかつかねえけどな」
おっちゃんが苦笑しながらそんなことを言っていた。確かにあまり山を買おうなんて思う人はいないかもしれない。俺も自分が世捨て人になりたいなんて思わなかったら絶対に買わなかっただろう。結果として今はとても楽しい日々を送っているけれど。
そんなわけで隣山はそれほど手入れをされていなかったようだ。知り合いの山でもないので、手入れもされていない山には陸奥さんたちもあまり足を踏み入れたくはないらしい。うちの裏山に関していうと、ポチやタマといった案内役がいたから楽しく回れたが、そうでなければきつかっただろうという話だった。手入れしていない山に入っていただいてありがとうございます。
なので今回はまたおっちゃんちの山に上り、そこで見つからないようなら隣山をどうするか考えるそうだ。一応山の見回りをすれば礼金はもらえるらしいがそういうことではないらしい。
「ま、趣味だしな」
陸奥さんがきっぱりと言った。
「なんかあったら声かけるから、ニワトリたちによろしくな~」
「はーい」
なんかまた呼ばれそうだなと思った。呼ばれたとしても、もちろんうちのニワトリ次第である。やる気がないなら参加しなくていいと思うのだ。うちの山だけで十分楽しんでいるみたいだから。
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