331.お返しがいつも悩ましい
暗くなる前にポチとタマは帰ってきた。
何も捕まえられなかったようだが機嫌はよさそうだった。不思議なこともあるものである。
「タダイマー」
「タダイマー」
「おかえり」
「オカエリー」
相川さんの軽トラの荷台から下りて、二羽は普通に挨拶すると畑の周りに移動した。
「送ってきていただいて、ありがとうございます」
「いえいえ、これぐらいはさせてください」
「ニワトリたちの餌まで用意してくださり、ありがとうございました」
「情けない話なのですが……シカ肉が思ったよりあるので食べていただいてたんです。リンは食べ溜めをするので時々必要な分量がわからなくなるんですよ」
相川さんは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「そうだったんですか。でもそのおかげで用意していただけたんですから、リンさんにありがとうなのかな」
相川さんが笑んだ。
「ポチさんとタマさんがよければ来ていただいている間はこちらでお昼を用意しますよ」
「えええ。それはさすがに悪いですよ」
「お世話になっているんですから」
ポチとタマがトットットッと近づいてきた。そして何故か俺をつつきはじめた。
「いてっ! ポチ、タマ、痛いって! なんでだっ?」
「シカー」
「シカー」
「ええええ」
なんてうちのニワトリたちは図々しいんだ。パパは恥ずかしいぞ!(誰
「大丈夫ですよ。本当に沢山あるんです。用意していますから」
「で、でも何も獲れなかったら……」
相川さんはきょとんとした。
「獲れなければそれで納得します。狩場を変えることにはなりますが、うちの山がだめでも狩場は他にもありますしね」
「それは、そうでしょうけど……」
そんなに豪華な飯をもらって、何も狩れなかったらどうしようと思うのだ。
「佐野さんが気にする必要はないんですよ。こちらが頼んでいるんですから」
「そういうことでしたら、お言葉に甘えます……」
ポチとタマは満足したように家の方へ走っていった。
「……すみません、うちのニワトリが……」
「素直でいいじゃないですか。純粋で、いいですよね。あと、これを」
「? なんですか?」
ビニール袋をいただいた。
「ユマさんの分です。夕飯の時にでも足してあげてください」
「ええええ、そんな」
「それじゃ、また明日お願いします」
シカ肉が入っているようだった。慌てて返そうとしたが相川さんは笑って受け取ってくれなかった。ユマがトットットッと近寄ってきて相川さんをじっと見つめ、
「アリガトー」
と言った。ユマよ、お前もか。
「どういたしまして、では」
相川さんは颯爽と帰って行った。くそう、お返しを何か考えなくては……。
「ってことでお返しに何をあげたらいいか考えてるんですけど」
翌日はおっちゃんちにお邪魔した。もちろんユマも一緒である。ユマはおばさんから野菜をもらってから畑に駆けて行った。
「? そんなのタマちゃんとユマちゃんの卵で料理でも作ってあげればいいんじゃないかしら?」
おばさんに言われて、あ、と思った。ちなみに今朝は二羽とも無事卵を産んでくれた。嬉しくなってタマに抱きつこうとして朝からつつかれてしまったのがつらい。ユマは抱きつかせてくれた。ユマはやっぱり天使だと思う。
「卵料理ですか」
「かにたまとかおいしそうよね~。なんたって卵が大きいものね~」
「そうですね」
そういえば中華料理っぽいのは食べていないかもしれない。養鶏場から鶏を買ってきて調理すれば更においしいだろう。ニワトリたちの出張が終わったら飯でも食べにきてもらおうと思った。
「昇平、この間まっちゃんのとこに行ったんだって?」
「ええと?」
「松山だ松山」
「ああ、はい。養鶏場ですね。行きましたよ、蒸し鶏が買いたかったもので」
「そうか。そん時ニワトリ共がどっか行って、ボロボロになって戻ってきたって聞いたんだが……」
そういえばあのボロボロ姿も松山さんに見られていた。しまったなぁと思う。
「ええ、そうなんですよ。何かでかい動物にでも遭遇したんですかね。確か黄色い毛とか、灰色の毛っぽいのがついていたんですけど……」
「ああ……あそこはなぁ……」
おっちゃんは難しい顔をした。
「松山の裏山のそのまた向こうは国有林で、しかも特別保護地区なんだ」
「特別保護地区、ですか」
「ああ、狩猟制限がされてるっつったらわかるか? そっちまで行くとまずい」
「となると、松山さんの山の裏山までが行ける範囲ってことですね。わかりました。ニワトリたちに伝えておきます」
「そうしてくれ」
相談ついでにお昼ご飯をいただいてしまった。なんとシシ肉のハンバーグだった。荒くミンチにしたものをハンバーグにして冷凍しておいたらしい。ある程度成形したものを冷凍しておいておくというのもいいよなと思った。
「シシ肉のミートボールってどうなんですかね?」
「濃い味のタレがあればいいんじゃないかしら」
やはり臭みが問題のようだ。おいしくいただいて、礼を言って戻った。
「あ。おっちゃんちの手土産~」
持って行くのを忘れてしまった。このうかつな性格をどうにかしたい。ユマがコキャッと首を傾げる。またそっと抱きつかせてもらった。ユマさんが天使すぎて嬉しいと思う。つい顔が緩んでしまった。(セクハラだって? ほっとけ)
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