332.気軽に相談するのも問題かもしれない
……なんつーかみんなに甘やかされすぎているよなぁとしみじみ思う。
現状が当たり前だと思わないようにしなくては。
相川さんの裏山ではイノシシの痕跡は見つかったものの姿は見えずという状態らしい。ポチとタマを送ってきてくれた時少し話を聞いた。
「それって……状況としてはどうなんですか?」
あまりピンとこない。相川さんも首を傾げながら答えてくれた。
「うーん……おそらく子育ての時に作った巣のようだったんですよ。だから最低でも一組は親子が近くにいるはずなんです。ただ……」
「ただ?」
「リンとテンが見つけて食べている可能性はあります。壊されていましたし」
「ああ……」
それはそれで納得である。
「相川さんの山って、イノシシとかシカは少なくなっているんですか?」
「……どうなんでしょう。住んでいる山を巡っているわけではないので、そこまではわからないんですよね。リンとテンが回っていますから特に調査らしい調査もしていなくて。裏山も今年はまだ回り始めたばかりなのですが、思ったより静かなんですよ」
それがなんだというのもわからないという。直感みたいなものなんだろうか。例年と違うところがあるかどうか。それを今は調査している最中らしい。
「ニワトリさんたちがうちの山に入るはずはありませんから、リンとテンが餌を求めて裏山を巡ったか、もしくは近隣の山の生態系が変化したかというところですね」
「そういうのも難しいですよね」
調査と一言で言っても簡単にできることではないだろうし。
「調査、という話なら僕も付き合いましょうか?」
「いえいえ、急いではいませんから大丈夫です」
断られてしまった。獲物を見つけ次第狩る予定なので狩猟免許を持っている人以外がいるのは困るようだった。
「それよりも今週いっぱいはニワトリさんたちをお借りしたいのですがよろしいでしょうか。雪や雨の日はお休みにしますが」
南の島の王様の歌が頭に浮かんだ。いや、別に仕事じゃないしな。相川さんたちから言わせると趣味みたいなものだから無理はしないようだ。うん、無理はしちゃいけないと思う。
「はい、それは大丈夫です」
うちのニワトリたちは雨だろうがなんだろうが外へ駆けだして行くけどな。この寒いのに泥遊びとかホント勘弁してほしい。ふと、相談しようと思っていたことを思い出した。
「あ、そうだ。屋根だけつけた
「四阿、ですか?」
「はい。ポチとタマを洗うのが外なんですよ。この時期はお湯がすぐ冷めてしまうので、せめて屋根付きの建物があればもう少しやりやすくなると思うんですが……」
寒かったらビニールシートでも張ればいいしな。相川さんは少し考えるような顔をした。
「なんでしたら、僕がやりますよ?」
「えええ?」
「うちの風呂も僕が作ったので」
そういえばそんなこと言ってた気がする。
「でも、そこまで迷惑をかけるのは……」
「そういうことが好きなんですよ。湯本さんに大工さんを尋ねて見積もりを出していただいてもいいでしょうけど、僕でしたら材料費と佐野さんの手料理で引き受けますよ?」
「ええええ……」
俺の手料理って……男の料理なんだが。やはりタマとユマの卵を狙っているのだろうか。
「そうですね……ちょっと考えてみます」
でもよく考えてみなくてもテントでいいんじゃないかとも思った。ただ四阿っぽいのがあった方がいろいろ楽ではあるんだよな。なんとも悩ましい。
相川さんが帰った後、大きなタライにお湯を入れてポチとタマを洗った。家の前には大きめの濡れ雑巾を敷いてある。そこでみんな足を拭くのだ。けっこう丁寧に拭いてくれるので頭いいよなと思う。単純にうちの中に汚れを持ち込みたくないだけかもしれないけど。
夕飯を終えておっちゃんに電話した。家の前に四阿っぽいのを作りたいと言ったら、
「俺が作りにいってやる」
と言われた。田舎の人ってなんなんだろう。
「大工さんとか紹介してくれればいいんだけど」
「大工なんかいらねえだろ? んなもん柱になる木と鉄板がありゃあ簡単にできらあ!」
「そうかもしれないけど……」
そんな簡単に作ったら台風の時期には壊れるじゃないか。
「あ、いいや。やっぱ折り畳み式のテント買います」
台風の時が問題だった。
「作ってやるっつってんだろー」
「ごめんなさい、お騒がせしました」
「ヘタレか!」
「ヘタレでけっこうです~」
ヘタレってこういう時に使う言葉だったっけ? まぁいいや。
「まぁいい。四阿についてはいいとして、また顔出しに行くからな」
「前日に連絡してくれれば飯ぐらい用意しますよ」
「おう、ごちになるわ」
そんなことを言って電話を切った。相川さんにも断っておかないとな。
「オフロー」
ユマに言われて慌てて風呂の準備をして一人と一匹で入った。やはり浸かると疲れが洗い流されていくようだ。ユマもいつも満足そうに目を閉じるのがかわいいと思う。
そんなこんなで、相川さんに断るということはすっかり頭から消し飛んでしまった。
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