319.雪が降ろうが降るまいが宴会は開催される
村の道もまだそれほど積もっているというかんじではなかった。よかったなと思いながらおっちゃんちに向かうと、すでに軽トラが何台も停まっていた。そういえば今日は川中さんと畑野さんも来るようなことを言っていたなと、今頃になって思い出した。
軽トラを停めて、一旦ニワトリたちを下ろす。雪は降っているが、そんなに激しくはないのでニワトリたちは普通にトットットッと動いていた。
玄関の扉を開けて中に声をかける。
「こんにちはー! ニワトリどうしたらいいですかー?」
玄関から続く土間からおばさんの顔が覗いた。
「あらー、昇ちゃん大丈夫だった? ニワトリねえ……テントでも立てる?」
「あ、テントあります?」
ニワトリたちの食事場所をどうしようかと思ったのだが、どうやらポールを立ててタープを張る形のテントがあるらしい。すでにみんな庭に面した居間にいるらしいので、おっちゃんちの倉庫からテントを出し、結城さんと相川さんに手伝ってもらいながらテントを立てた。ビニールシートを敷けばニワトリたちがごはんを食べる場所の完成である。ごはんの準備が整うまでは畑まで行っててもいいと許可をもらった。
何故かニワトリたちはヒャッハー! と言いそうなかんじで畑まで駆けて行った。そういえば今日は表に出すどころじゃなかったもんな。だからって人んちで暴れるなよ。
「呼んだら戻ってくるんだぞー!」
聞こえてるんだか聞こえてないんだかわからないがとりあえず言っておいた。ユマが一瞬立ち止まったから聞こえたんだろう、多分。
庭から居間に入ると、みな改めて「おー」と声をかけてくれた。
「陸奥さん、戸山さん、筋肉痛がひどいって聞きましたけど大丈夫ですか?」
とりあえず二人のコップにビールをついだ。まだ漬物しか座卓には乗っていないが、すでにみんなビールを飲んでいたようだった。
「ああ、久しぶりにあちこちが痛くなってなぁ。どこもかしこもいてえから昨日はうんうん唸りながら寝てたんだ。そしたら家内のやつに年寄りの冷や水だあなんだと、こんこんと説教されてよ。全く、参ったよ」
陸奥さんが苦笑しながら言う。
「うちも似たようなかんじだったかなぁ。相川君がシシ肉を持ってきてくれたから説教がそこで終わったけど、筋肉痛よりお小言の方がつらいねえ」
戸山さんはそう言って笑った。
「そうでしたか。で、肝心の筋肉痛の方は?」
「まだいてえなぁ」
「まだ残ってるけど昨日ほどじゃないね」
「無理しないでくださいね~」
話している間におばさんが料理を運んできてくれた。白菜のくたくた煮、大根の煮物、大根の葉っぱと茎のサラダ、きんぴらごぼう、そしてシカ肉を甘辛く炒めた物が出てきた。
「まだまだ出すからいっぱい食べてね~。あ、昇ちゃんはこっちに来てね~」
「はーい」
相川さんに目配せして料理を確保してもらうよう頼む。おばさんについて行ってニワトリたちの分のごはんをもらい、二往復ぐらいしてテントの下のビニールシートにごっちゃりと置いた。そしてニワトリたちを呼びに畑まで走る。すでに日は落ちて暗くなりつつあったけど、空が白っぽいのであまり暗いというかんじはしなかった。
「おーい! ポチ、タマ、ユマ、ごはんだぞー!」
畑の手前で呼ぶと山側にいたニワトリたちがこちらを見た。そして間髪入れずドドドドドと駆けてきた。俺も踵を返して走る。あの勢いでぶつかったら正直やヴぁい。雪は思ったより積もっていなかったから走れたけど、そうじゃなかったら多分こけていたと思う。それぐらい危なかった。
テントの下を示せば、ニワトリたちは素直にそこに入って食べ始めた。
「足りなくなったら居間の手前で鳴いてくれよ」
さすがにこの寒さでは窓を開けておくのは難しい。ニワトリたちはわかったというようにコッ! と鳴いた。それにしてもすごい量である。
そうしてから居間に戻ると、天ぷらとシカ肉の唐揚げもあった。
「カツレツも作るから楽しみにしててね~」
「はい、ありがとうございます」
とてもおいしそうだけど揚げ物のオンパレードである。相川さんがしっかり料理の確保はしてくれていた。
「相川さん、ありがとうございます」
「いえいえ。早く食べないと冷めちゃいますよ」
今夜は酒が飲めない分食べることに集中する。相川さんも今夜は飲まないことにしたようだった。
「うちは大丈夫だとは思いますけど万が一ってことはありますからね」
「そうですよね」
純粋に宴会が楽しめないってのもなんだかなあと思ったが、
「もー、なんでせっかくの休みなのに雪かなぁ~。降らなかったら少しぐらい佐野君とこの山に行きたかったのに~」
「しょうがないだろう」
川中さんが畑野さん相手に管を巻いていた。みんな雪が降って残念だと思っているようだった。
シカ肉の甘辛炒めは少し冷めてはいたけどおいしかった。揚げたての天ぷらとシカ肉の天ぷらがたまらない。
「あー、どれもうまい~……」
「それならよかったわ~」
おばさんがそう言いながら食べやすい大きさにしたシカ肉のカツレツと小松菜の煮びたし、そして炒り豆腐を運んできた。もうなんていうかおいしいものだらけで雪が降っていることなんて吹っ飛んでしまった。ごはんがおいしいって幸せだと思う。
途中居間の窓の向こうからコケーッ! っと派手な鳴き声がして驚いた他は平和な夜だった。
これで明日は雪と戦えると思った。
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