320.大蛇はとても義理堅い

 翌朝、世界は更に白くなっていた。

 テントは昨夜のうちに畳んだが、ビニールシートの汚れについてはそのままでいいと言われた理由がわかった。もちろん残った塊とかは昨夜回収したのだが、シートについた血などは洗わなかったのだ。シートが敷かれている場所はわかる。雪で洗って回収すればいいと思った。


「……まだ降ってるのか……」


 ぼうっとして障子の向こうを窺った。今日は早めに戻って雪かきをしないといけない。屋根が雪の重みで潰れてなければいいなと思った。布団を畳んで顔を洗い、玄関の横の居間に顔を出した。


「おはようございます」

「おう、昇平起きたか。飯食ったら帰るんだろ? たいへんだな」

「ええ。道が凍ったら動けなくなっちゃうので」


 今日は暗くなるまで除雪作業だ。昼の間に止んでくれることを祈るが、そううまくはいかないだろう。相川さんもすでに起きていて、おかずを摘まんでいた。


「昇ちゃんおはよう。何食べる? 昨日の天ぷらが残ってるんだけど」


 おばさんの顔が覗いた。朝から天丼かな。まぁ飲んでないから食べられそうだ。


「天丼にしてもらうことってできます?」

「いいわよ~」

「ありがとうございます」


 昨日の野菜のかき揚げと、分厚いサツマイモの天ぷら、かぼちゃとレンコンの天ぷらがごっちゃりと乗った丼が出てきた。野菜天の天丼だけどボリュームがすごい。ごはんもぎっちり詰めてくれたらしく、食べても食べてもなかなかなくならなかった。うまい。


「ごちそうさまでした。そろそろ帰ります」


 お茶を飲んで一息ついてからそう言うと、「これ、持って行きなさい!」と言われて野菜を山ほど持たされた。


「また……こんなにいただいていいんですか?」

「山の上では何が起きるかわからないでしょう? 最悪腐らせたってかまわないから持って行きなさい!」

「いや……腐らせるのはだめでしょ……」


 でも相川さんとありがたくいただいた。今回は手土産を持参するヒマはなかったけど次は持ってこなければなと思ったのだが、


「シカのお肉、いっぱいいただいてありがとうね。おいしくいただくわ」


 とおばさんは上機嫌だった。しかも昨日の残りだとシカ肉のカツレツだの、唐揚げだのももらってしまった。みんな飲むのが忙しくてそれほど食べなかったようである。


「二日目だから匂い? が少し気になるかもしれないけど、めんつゆを濃い目にして卵とじにでもしちゃえば気にならなくなるわよ~」

「ありがとうございます」


 あのシカ、かなり立派ではあったけどどんだけ肉が取れたんだろう。角もなかなかにカッコよかった。あの角は秋本さんが回収したらしい。

 ニワトリたちは朝食をいただいた後表にいたようだった。雪の降り方は昨日と特に変わっていなかったので気になるほどではなかったのだろう。昨日のビニールシートを雪で洗って片付けておっちゃんちを辞した。


「僕は一度山に帰ります。多分なんともなっていないと思うので、佐野さんちに向かいますね」

「いえ、さすがに今日は……」

「うちみたいに除雪しなきゃいられないのがいるわけじゃないんですから、気にしないでください」

「……はい、ありがとうございます。お言葉に甘えます」


 除雪しなきゃいられないのってリンさんのことだよな。相川さんがぐるぐる巻きにされなきゃいいけど。

 いろんな人たちに世話になりっぱなしだ。いずれお返しできる日が来るんだろうか。俺は内心嘆息した。

 ニワトリたちを軽トラに乗せて一路山に戻る。木が深い場所は上に積もっているので道にはそれほど影響がない。でも木の枝などが雪の重みで折れているようなところはあった。雪が積もっているところはニワトリたちの尾に竹ボクキを結んで掃いてもらったりスコップで取り除いたりした。そうやって麓の柵のところまで進み、そこから先も地道に除雪していった。除雪車来てくれないかなと思ってしまうが、道もかなり狭いところがあるからきてもらっても通れないかもしれない。相川さんちは大丈夫かなとか思いながら汗だくになって雪を捨てていった。

 そうして柵を越えてから少し上がったところで相川さんが追い付いてきた。


「佐野さん、リンを連れてきました!」

「えええ!?」


 まさかのリンさん登場である。

 リンさんが軽トラから下りた。


「あ、あのぅ……リンさんお久しぶりです。今日はよろしくお願いします……」

「サノ、イイヒト。オテツダイ、スル」

「……ありがとうございます」


 なんでリンさんが? と頭に大量の?が浮かんだ。


「ザリガニだけじゃなくてシシ肉とかシカ肉もいただいているので手伝いをするって付いてきたんですよ」


 相川さんが苦笑して言う。


「ああ、ええと、そうだったんですか……助かります」


 そこから先はすごかった。


「佐野さん、ニワトリさんたちももっと離れてください」


 相川さんに注意されて軽トラの後ろに移動すると、リンさんは雪の少し積もった道を上り、それから尾をぶんぶんと振り回して雪をどけていってしまった。

 そういえば投げ飛ばすって言ってたっけ。

 リンさんのおかげで、それから一時間も経たないうちに山の上の家に帰ることができた。多少屋根に雪が積もっていたので脚立を押さえてもらいながら雪おろしをできるだけした。


「今日は本当にありがとうございました」


 一通り済んでから、俺はリンさんと相川さんに深々と頭を下げた。


「いえいえ、僕もいつも佐野さんには助けていただいていますから」

「サノ、イイヒト。マタ、テツダウ」


 ニワトリたちは自分たちがあまり活躍できなかったと思ったのか、竹ボウキの頭を尾につけたまままだ雪が残っているところを精力的に駆け回っていた。

 大蛇はやっぱり怖いけど、大したことをしていないのに恩に感じてもらえるなんてありがたいなと思った。

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