317.筋肉痛は侮れない

 翌日はゆっくり起きることができた。つってもニワトリたちの朝食に間に合う時間だけど。さすがにタマは起こしにこなかった。

 冷凍してあったシシ肉は昨夜冷蔵庫に移しておいたので解凍はされていた。それを軽く湯がいてニワトリたちの朝ごはんにつけた。それにしてもすごいアクである。アクを捨てて布などで濾せばいい出汁が取れるのかもしれないがそれは面倒だった。アクだけ取ってみそを溶いて汁の代わりにした。うん、獣臭い。

 やってられないので味噌漬けにしていたシシ肉を焼いてシシ肉丼にして食べた。まぁなんつーか贅沢だよなと思った。

 朝飯を食べ終えたニワトリたちを外に追い出し、ポチとユマが出かけるというので「いってこーい」と見送ってから家の中の掃除をした。特にやることがない日ではあるんだが、快適に過ごす為には掃除も必要だ。ちょっとサボっていたせいか奥の部屋にはほこりがうっすら積もっていた。


「今日はどーすっかなー……」


 いい天気だしとタマと共に家の裏手から炭焼き小屋があるところに下りた。相川さんに、できるだけ枯れ枝を集めてほしいようなことを言われている。二月の炭焼きの準備だ。炭焼き小屋を中心として枯れ枝を一時間ほど集めた。腰が痛い。毎日少しずつやった方がいいなと思った。

 枯草も刈ったりまとめたりとやっていたら昼になったので家に戻った。豚肉の残りをタマにあげ、俺は親子丼を食べた。親と子が合ってないけどな。こういうのって他人丼っていうんだっけ。卵はタマかユマのだし。漬物もうまい。

 ごはんを食べ終えたところで秋本さんから電話がきた。これからシシ肉を解体したものを持ってきてくれるらしい。


「陸奥さんと戸山さんの分は相川君に預けることにしたよ」

「あ、そうなんですか」

「筋肉痛で死にそうになってるみたいでね」


 秋本さんが笑いながら教えてくれた。


「ああ……あの時の……」


 笑いごとではないなと思った。やっぱり身体を鍛えなくてはいけないだろう。でも鍛えるたってどーすりゃいいんだ? ニワトリたちと走り込みか? すぐ筋肉痛になりそうだ。


「タマー、イノシシの肉取りに麓まで行くけどどうする?」

「イクー!」

「取りに行くだけだぞ。その場で食べないからな」

「ワカッター」


 イノシシの肉と聞いてキュルキュル喉を鳴らしているタマがちょっとかわいい。でもあんまり見てるとつつかれるからそっと目を反らした。もう少しデレがほしいです。

 軽トラに乗って麓まで行ったらまだ秋本さんは着いていなかった。柵の外に出てちょっと広くなっている砂利のところに軽トラを停め、タマを下ろす。


「ここで待ち合わせしてるから、遊んでてもいいけど遠くには行くなよ」


 コッ! とタマが返事をした。本当にうちのニワトリは頭がいい。

 雪が降るって言ってたけどいつ降るんだろうな。実際降られたら降られたで困るんだけどさ。山から出られなくなるし。

 そんなことを考えていたら軽トラが二台入ってきた。秋本さんの軽トラと相川さんのだった。


「こんにちは。わざわざこちらまで持ってきていただいてすみません」

「いやいや、佐野君たちはお得意様だからね。ここまで狩ってくれるのはありがたいよ」

「こんにちは」


 秋本さんがパウチしたでかいシシ肉を三つ相川さんに渡した。


「ありがとうございます。のちほど置いてきます」


 俺にはそれより一回り大きいのを一つくれた。


「え? こんなにいただいていいんですか?」

「山の持ち主だからね。それにニワトリたちがいっぱい食べるだろう?」


 秋本さんがニコニコしながら言った。タマがコッ! と胸を張って答えた。そこって胸張る場面なのか。


「ええまぁ、食べますね……」

「いっぱい食べて元気で長生きしてもらわないとね~」

「……そうですね」


 秋本さんの言葉がストンと入った。いっぱい食べて元気に暮らしてもらわないとな。大事な家族なんだし。


「相川君、陸奥さんたちどうだって?」

「筋肉痛が一気に来たみたいですね。獲物が獲れてほっとしたからなおさらなんじゃないでしょうか」

「ああ~、そういうものあるかもね」


 どうやら陸奥さんも戸山さんも布団で痛い痛いと唸っているらしい。年寄りの冷や水という言葉が浮かんだ。……まぁでも普段はそこらの若者よりも元気だけど。


「ありがとうございました。シカは明日ですよね」

「うん、ゆもっちゃんちに内臓も一緒に運んでいくからよろしくな。いや~、イノシシもシカもたくさん食べられて嬉しいよ。シカはこちらで一部買い取りするから解体費用はそれでチャラでよろしく!」

「えええ」


 お金を払おうとしたのだが手を押し戻されてしまった。


「そんなにシカ肉って売れます?」

「個体数は増えててもなかなか狩る人がいないからね。N町のジビエ料理の店が喜んでたよ」

「それならいいんですけど、ちゃんとお金はとってくださいね」

「大丈夫、利益はちゃんと出てるよ! 佐野君はイイ子だなぁ~」


 いや、いい子じゃなくて常識ではないのだろうか。なんか釈然としない。

 そうして、明日の夕方おっちゃんちに向かうことを確認して別れたのだった。明日はシカ肉で宴会だ。

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