299.何もないのが一番だと思う

 雪だるまはさすがに溶けてしまった。この寒さだから下手したら春まで残っているんじゃないかと思っていたが、やはり雨が降るとだめらしい。ちょっとだけ残念に思った。……そんなことを考えたらまた雪が降るかもしれない。それはそれで困る。

 ポチとタマはパトロールに余念がない。


「ポチ、タマ、裏山には行くなよ」

「エー」

「エー」


 やっぱり行く気だったのか。


「イノシシを見つけても運べないだろ? この山ぐらいならどうにかなるけど裏山は何人か一緒でないとだめだ。相川さんが陸奥さんたちに声かけてくれてるから待ってろ」

「ワカッター」

「……ワカッター」


 本当にわかったんだろうか。俺も難しく言い過ぎたかな? 言い直してみる。


「裏山はダメ! 陸奥さんたちが来てから! よろしくな」

「ハーイ」

「……ハーイ」


 タマはしぶしぶというかんじだったが返事はしてくれた。そういえばタマってしぶしぶでも返事したことに関してはやらないよな。けっこう責任感強いのかもしれない。タマの一面に気づいて嬉しくなった。

 と、そんなかんじでポチとタマは夕方まで山を駆けまわっていた。おっちゃんちの敷地もそれなりに広いけど、うちのニワトリぐらいになると運動不足になってしまうんだろうな。やっぱり泊まりは二泊が限界かもしれない。この先そんなに二泊も三泊もすることってないとは思うけど。

 夜また桂木さんからLINEが入った。


「雪つらいですー。なんでそっちは溶けてるんですかー」

「がんばれ」


 とだけ返信した。雪、凍るとつらいよな。

 相川さんからもLINEが入った。明後日の8日からまた陸奥さんたちが来てくれるらしい。裏山のイノシシが狩れたら予定通り相川さんちの裏山に回るそうだ。ありがたいと思った。


「ありがとうございます。8日って平日ですよね。いらっしゃるのは相川さん、陸奥さん、戸山さんで間違いないですか?」

「そうです。8日中に捕まえられなかったら9日以降川中さんと畑野さんも参加します。よろしくお願いします」

「わかりました。お待ちしています」

「助かるなー……」


 そう呟いて顔を上げたらニワトリたちが俺をじっと見ていた。


「どうしたんだ?」


 ニワトリたちがコキャッと首を傾げる。ここで伝えてもいいが予定変更はよくあることだ。せめて前日になってから言おうと思う。でもニワトリたちは何か感じ取ったのかもしれなかった。

 それよりも。


「かわいいな……」


 ニワトリたちが三羽共首を傾げている姿はコミカルでなんかかわいい。思わず笑顔になってしまった。するとタマはすぐにやめてフンッと息を吐いた。そのツン具合もう少し緩めていただけませんかねえ。

 胃薬は飲んでいるけどまだ胃の調子はよろしくない。

 明日はもう7日だ。七草粥の日だっけと思ったけど、そんな材料は買いそろえていない。明日も雑炊でいいかなと思った。

 7日の朝も快晴だった。晴れだと放射冷却で余計に寒い気がする。しっかり霜柱ができていて、外に出ると足の裏がさくさくするのがなんか楽しい。霜柱を踏むと子どもの頃を思い出す。

 小学校へ向かう道の途中には畑やら田んぼやらけっこうあって、更に土の道も多かったから冬は霜柱を踏むのが楽しみだった。遅くなるとみんなに踏まれた後だから友達と争うようにして早く家を出たりした。あの頃はそれほど寒くは感じなかったなぁ。今は勘弁してくれって思うけど。それでも霜柱を踏むのは好きだ。

 ポチとタマは朝ごはんを食べたら出かける気満々だった。


「気をつけていってくるんだぞ。暗くなる前に帰ってこいよ」

「ハーイ」

「ハーイ」


 返事はとてもよろしい。返事だけは。

 こちらを特に見ないで返事をすることが多いんだけど、今朝はなんか違った。ポチがじっと俺を見る。


「? ポチ、どうした?」

「サノー」

「うん? なんだ?」

「イノシシー」

「裏山はだめだぞ」

「ココー」


 首を傾げてみる。この山でイノシシの痕跡をまた見つけたということなんだろうか。


「……この山でイノシシを見つけたのか?」

「マダー」

「見つけたら、ってことか?」

「コレカラー」


 ちょっと難しい問題だ。明日になったら陸奥さんたちが来てくれることになっている。でもそれは裏山のイノシシを見つける為だし……。


「見つけても捕まえるのは待ってくれ。相川さんたちに聞いてみるから」

「ワカッター」

「……ワカッター」


 二羽は返事をしてツッタカターと駆けて行った。

 この山のイノシシって言ったってことは今日中に見つけるつもりなんだろうな。そうでなければ言うはずがない。

 それにしてもよく見つけるよな。この山の中をただひたすらに駆けずり回ってるんだからそれぐらい可能ということなんだろうか。でもしらみつぶしに探したらけっこうな面積もあるしな。そんなとりとめもないことを考えた。

 ユマは朝食後家の周囲を見て回っている。さすがにこの時期になったらもうマムシはいないだろうが、見てもらえるのは助かるなと思う。後で川でも一緒に見に行こうか。

 でもまずは相川さんにLINEを送ることにした。

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