287.大晦日は西の山に行く
大晦日の朝は少し曇っていた。これから雲が多くなるんだろうか。なにも降らなければいいと思う。とりあえず山頂に向かって祈っておいた。
今日は相川さんちに泊まることになっている。
お昼から来ていただいてもいいですよとは言われているが、昼食後に向かうことにした。誰かと年末年始は過ごしたいけど迷惑をかけたいわけではないのだ。ニワトリたちにも十分な運動が必要だし。
今日もポチとタマがツッタカターと遊びに出かけた。
ただし今日は太陽がよく確認できないので、呼んだら声が届く位置にいてくれとは伝えた。そうはいっても出かけるのは昼過ぎなので、考えたあげくポチの首に首輪を嵌めさせてもらい、そこに腕時計をつけた。短い針がここをさしたら帰ってきてくれとタマに伝えた。
「ワカッター」
「ワカッター」
「今日は相川さんちに泊まるから頼むぞ~」
最悪ギリギリまで待って置いて行くけどな。それぐらいの気持ちでないと送り出したりはできない。畑の作物はこの間収穫したばかりだ。まだそんなに生えてはきていない。虫はニワトリたちがこまめに食べてくれるからいいけど、そうでなかったら虫食いだらけの作物ができるんだろうなと思う。(冬だからそこまでじゃないか)うちのニワトリさまさまである。
「もう年末かー……あんまり年末って気がしないけどな……」
外で働いていれば実感するのかもしれないが、今は山でまったり暮らしているだけだ。山暮らしって思ったより金がかかると知った貴重な日々だった。幸い賃貸による不労所得があるからどうにかなっているが、それがなかったらすぐに詰んでいただろう。
生きていくってきれいごとばかりじゃダメなんだ。余裕があって初めて他者にも優しくできるのだと思う。
出かける準備をしながらTVをつける。チャンネルを回すと丁度ニュースがやっていて、天気が昨日の予報と変わりがないことを伝えていた。
「何も降ってきませんように」
そう呟いて一瞬空から落ちてくる女の子を想起したが、実際落ちてきたら受け止めるどころではない。アニメ映画のようにはいかないのだ。
昼になってユマの昼食を用意するかと思っていたらポチとタマが帰ってきた。
「おー、おかえり。早かったな、どうしたんだ?」
「ゴハンー」
「ゴハンー」
「そうかそうか。ちゃんと昼がわかってえらいなー」
どうやら昼食をうちで食べる為に戻ってきたらしい。相変わらずどこを駆け回ってきたのかそれなりに汚れているので汚れをざっと落とし、三羽分の昼飯を準備したのだった。
「今日はもう出かけるなよ。もう少ししたら相川さんちに行くからなー」
と伝えていろいろ点検をする。水は出しっぱなしにしていくしかないだろう。ここの水道は素人仕事なので水抜きとかはうまくいかない。流しっぱなしにするのが冬の対策といえば対策だった。
戸締りやらなにやらを全て確認し、残り物は冷凍庫にしまい、と指さし確認をしてから家を出る。いつも通りユマは助手席、ポチとタマは幌を被せた荷台に乗ってもらい、俺は久しぶりに相川さんの山へと向かった。
「…………」
相川さんの山は、なんというか、うちと違って雪がほとんど残っていなかった。
木々の葉っぱに積もっていた雪が溶けているのはわかるのだが、その足元にもあるはずの雪がほとんどないのである。
「リンさん、雪嫌いって言ってたな……」
その雪たちはどこへ移動したのだろう。それとも食べたのだろうか。食べたらまるでまんじゅうこわいだろうと自分にツッコんで、麓の柵を閉めてから山の上へ軽トラを走らせた。家を出た時にはすでにLINEで連絡をしていたので、相川さんは畑で待っていた。
「佐野さん、こんにちは」
「相川さん、こんにちは。今日明日はお世話になります」
相川さんがはにかんだ。
「いえいえ、こちらが一緒に過ごしてもらうんですから、気にしなくていいですよ」
こういうことをさらりと言えるんだからかなわないよなと思う。俺は肩を竦めた。手土産はいつも通り煎餅である。泊まりの手土産が煎餅とは何事かと怒られそうだが、何を持ってきたらいいのかわからないのだからしかたない。大体つい一昨日までほぼ毎日のように顔を合わせていたのだ。山を回らせていただいているのはこちらなんですから、手土産なんかいりませんよと言われてしまったし。
リンさんは家の側にいた。
「リンさんお久しぶりです。うちのニワトリたちが虫などを食べたりしてもいいでしょうか?」
「サノ、ヒサシブリ。カマワナイ」
リンさんは心なしか色素が抜けているように見えた。冬は色素が薄くなるのだろうか。
俺は相川さんを見た。
「リンさん、どうされたんですか?」
「ああ」
相川さんが気づいたように答えてくれた。
「つい先ほど脱皮したんですよ」
「えええ」
こんな冬でも脱皮ってするものなのか。
「寒い時期なのに脱皮するんですか!?」
「あんまり季節は関係ないみたいんなんですよね。なんか……きつくなったら脱ぐみたいなかんじで……」
ということは、もしかしてリンさん……。
その先は睨まれた気がしたので考えないことにした。危ない危ない。俺の危機を察知したのかタマとユマが俺の前にきた。いや、大丈夫だから。
相川さんが苦笑している。
今日俺は無事生きていくことができるだろうか。少しだけ心配になった。
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