249.やっぱりクマがいるらしい

「おかえりなさい。調査はどうでした?」


 一度昼過ぎに戻り、昼飯を食べて陸奥さんたちはまた出かけて行った。そして日が陰る前に戻ってきた。毎日ご苦労なことである。


「やっぱ一日で裏山の先まで行くのは無謀だな」


 行ったのか。どんだけ元気なんだ。

 全く整備されていない山道である。うちの山から裏山に行くぐらいの短い区間はもう獣道っぽいのができているかんじだが、裏山に入ったらもうとんでもなかった。山は舐めちゃいけないなとしみじみ思った。

 今まで整備された山は登ったことがある。学校の遠足を思い出した。あの時は山と言ってもちゃんと道ができていた。草をかき分けて進むなんてことはほとんどなかった。遠足に行けるような山というのはやはり登山道が整備されているのだろう。対するうちの山の上とか裏山はそのまま年単位で放置されてきた。かつては人が入る為の道のようなものができていたかもしれないが、今は全て消えている。かといってこれから人が入るかと聞かれると微妙だ。こうして狩りの為に足を踏み入れるぐらいしかないかもしれない。


「明日は湯本さんが来られるそうですよ」

「ゆもっちゃんか、連絡しとくわ」


 陸奥さんは機嫌よさそうだった。


「スズメバチの巣の跡を見つけたから、ゆもっちゃんも喜ぶだろう」


 マジか。おっちゃんはスズメバチハンターになりつつあるな。喜んで来るに違いない。

 他にも大型の動物が歩いているであろう跡を見つけたようだ。


「ポチとタマちゃんにヌタ場も教えてもらってるしな。あの周辺にイノシシかシカが生息していることは確かだ」

「クマはいそうですか?」

「裏山の裏側にはいそうだな。まだ遭遇はしていないが……。おそらく今は冬眠しているはずだ」


 ほっとした。でも、と思い直す。


「この辺りの狩猟期って、確か11月~3月中旬まででしたよね? 冬眠から目覚めたクマとかその時期から外れませんか?」

「ああ、外れるものがほとんどのはずだ。クマはできるだけ山に帰すのが基本だが、下りてきちまうのもいる。そういうのは処分するしかねえ」


 確かに捕獲するのも難しいだろう。それに、クマというのは脅威だ。捕まえて山に帰すなんて、いざ目の前にしたらできるはずがない。


「山深いところで遭って、逃げる分には追わねえよ。佐野君が狩ってくれっつーなら別だがな」

「……出没する場所によるでしょうね。この山に近いところで出没するようであれば頼むかもしれません」

「ケースバイケースだよな」

「ですね」


 イノシシとシカは明らかに害獣だが、クマは脅威ではあっても場所による。ただそれで増えているようなら間引きは必要かもしれない。それを考えるのは俺じゃないけどな。


「じゃあまた明日な~」


 日が暮れる前に陸奥さんたちは帰って行った。今日もお疲れ様である。


「準備っていろいろ必要なんだな」


 相手は生き物だもんな。備えはしないよりはした方がいい。

 ニワトリたちには毎日シシ肉を与えているので特に文句は出ていない。少しずつではあるがないと寂しいようだ。夜は親子丼にした。タマとユマの卵が至福である。ニワトリ万歳!

 日が落ちると一気に冷えるし、辺りは真っ暗だ。ちょっと外に出てみて、さっそく後悔した。


「本当に暗いよな」


 何も見えない。真の闇ってこのことかと納得する。強力な懐中電灯がなければゆっくり歩くこともできない。息が白かった。この時期はシンとして、生き物の音は聞こえない。風が吹いて、葉や草が擦れる音がした。


「……ここでずっと、暮らしていくんだよな」


 まだ一年経っていないが、寒さが身に染みて切なくなった。相川さんや桂木さんはこの孤独にどうやって耐えていたんだろう。

 寒いし戻るかと思って振り向いたら、ニワトリたちがじーっとこちらを見ていた。何やってんの? と聞かれているようで、浸っていた自分が恥ずかしくなった。

 見てたのはニワトリだけだよな? 他に誰もいないよな? とキョドってしまった。

 大丈夫。ニワトリしかいない。


「サノー」

「ヘンー」

「ヘンー?」


 どこでそんな言葉覚えたあああああ!!

 撃沈した。俺がバカでした。ごめんなさい。

 えぐえぐしながらユマと一緒にお風呂に入って寝た。お風呂でユマを抱きしめていた。ユマはコキャッと首を傾げていたがされるがままでいてくれた。ユマさんマジ天使。一生側にいてほしい。

 翌日、いつものように大鍋にみそ汁を作っていたらおっちゃんが来た。まだ早いんじゃね? って思った。


「よう、昇平。みんなまだ来ないのかー?」

「……あと1時間ぐらいしたら来ますよ、たぶん」

「そっか。俺が一番乗りか」


 一番乗りっつーか早いっての。どんだけ張り切っているんだろう。


「俺、これから朝飯なんですけどみそ汁飲みますか? 昼も同じですけど」

「おう、ありがとな!」


 白菜と油揚げのみそ汁を二人で啜った。


「やっぱほっとするなぁ」

「ですね」


 実家にいた時はそれほど意識していなかったが、やはりみそ汁はなくてはならないものだと思う。そろそろまたみそを買ってこないとな。って、みそも買い込んでおかないとだめじゃないか。


「俺、昼は雑貨屋に少し出かけますから」

「おう、いいぞいいぞ行ってこい」


 そういえばおっちゃんはスズメバチの巣を取りに来たんだっけ?


「おっちゃん、スズメバチの巣、探しに来たの?」

「あれば嬉しいがな。他にもなんかあったらいいじゃねえか」


 おっちゃんからしたら宝探しみたいな感覚なのかな。楽しそうだなとは思った。



ーーーーー

宣伝です!


「おっさんは笑わせたい」完結しました。

異世界ファンタジー。女の子の笑顔を取り戻したいおっさんの話。ただそれだけなのです。

https://kakuyomu.jp/works/16817139555559651099

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る