239.内臓の味は好みが分かれると思う

 自己嫌悪を表に出さないようにしていたけど、相川さんにはお見通しみたいだった。

 軽く肩を叩かれた。ドンマイって言われたみたいですまないなと思った。

 イノシシの内臓をたっぷり食べて血まみれになっているニワトリたちを洗っている横で、みながビニールシートの片づけをしてくれた。ありがたいことである。

 イノシシの腎臓は時間が経てば経つほど臭みが出てくるそうで、相川さんが急いで下処理をし、切って塩胡椒で焼いて出してくれた。うん、俺は食べられるけどこれは人によるかもしれないと思った。


「こればっかりは獲れたてじゃねえとなぁ」

「だよね~」


 陸奥さんと戸山さんは喜んでもりもり食べていた。よかったよかった。


「そういえばイノシシってどこに沈めました?」


 ちょっと気になったので聞いてみた。場所はうちの家の側の川ではなく、相川さんの山との間にある川の、少し深くなっている部分らしい。水の流れは早いが深くなっているので流れていくことはないようだ。


「佐野さんの山の川ではあるんですけどね。なんか微妙な位置にあるんですよ」


 そういう境界みたいなのはあまり気にならないが、今度見に行ってみようと思った。

 イノシシは急いで内臓だけ取って沈めたらしく、血抜きもしていないそうだ。


「血抜きしないと臭くなるんじゃないですか?」

「すぐに冷やせば雑菌が増えないので臭みは出ないんですよ。雑菌が繁殖することで臭くなりますから。そんなに臭かったらブラッドソーセージとか作れないでしょう」

「それもそうですね」


 意外と知らないものなのだなと勉強不足を恥じた。

 ところでブラッドソーセージってドイツだっけ?


「佐野さん、知らないことは決して恥ではないですよ。学ばないで自分の考えに固執する方が恥だと僕は思います。ですから、思い込みはしかたがないことと割り切りましょう。そして間違っていたと思ったならば学べばいいんです」

「……はい」


 相川さんて教師だったのかな。相変わらずいろいろ教えてもらってばかりである。

 食事を終えた後はみなまったりしていた。大仕事をやりきったのだからこんなものだろう。俺は特に何もしてないけど。

 ポチとタマはイノシシの新鮮な内臓を食べたことで元気いっぱいのようだ。


「みなさんこの後見回りとかされますか?」

「いや、さすがに今日はもうお開きだ」


 陸奥さんが答えた。それに頷く。


「じゃあポチとタマは自由にしていいですね」

「ああ、そうだな」


 陸奥さんがよっこらせと立ち上がった。そして一緒に表に出る。畑の辺りでポチとタマが虫かなにかをつついていた。


「ポチ、タマちゃん、今日は本当にありがとうな。明日以降はあっちの山へ行くつもりだからよろしく頼むな」


 二羽はコッと返事をした。普通のニワトリはここまで人の言葉を解さないみたいです。うちのニワトリはいったいなんなんだろう。(定期)


「ポチ、タマ、遊んできていいぞー」


 二羽はまたコッ! と声を出すと、ツッタカターと駆けて行ってしまった。


「……元気だな」

「ニワトリですから」


 普通のニワトリがこんなに元気かどうかは知らないが。(定期)


「なぁ、佐野君」

「はい」

「シシ肉は四分の一でいいか?」

「え? そんなにいただけるんですか?」


 驚いた。俺は何もしてないのに。陸奥さんが苦笑した。


「佐野君は欲ってもんがねえな」

「え? そんなことないですよ?」


 ニワトリたちの餌が増えるのは単純に嬉しいし。


「じゃあ、そうだな……分配方法に不満があればいつでも言ってくれ。改める」

「ありがとうございます」


 陸奥さんたちの狩りって俺にはメリットしかないからかえっていいのかなって思ってしまう。シシ肉はそれなりにおいしく食べる調理法を覚えたので、いただけるのはとてもありがたい。ポチとタマも公認で狩りができるのが嬉しそうだし。うちの山だから時間が余れば好きなように遊びに行けるしな。

 それから一時間ほどして秋本さんが来てくれた。下の方の川に沈めたから取りにいくということで相川さんと結城さんが取りに行った。


「おおー……」


 思ったより立派な大きさのイノシシだった。


「今回は宴会はやらないのか?」

「内臓は取ってあるが血抜きはしていない。今回はブロックで四等分で頼む」


 陸奥さんが答えた。秋本さんは少し寂しそうだった。


「まいどあり。どこへ運べばいい?」

「ここでかまわん。明日の夕方前に持ってきてもらえると助かる」

「わかった」


 秋本さんが帰って行ってから気づいた。


「あ、解体費用は……」

「わしらが出すから気にするな」

「そんなわけにはいかないでしょう……」


 みんな俺のことを甘やかしすぎだと思う。お金のことだけは~と思うのに全然払わせてもらえない。いずれ相川さんを通してでも払わせてもらおうと思った。

 そうしてうちの山のイノシシ狩りは、今日で一旦終わったようだった。

 明日以降はとうとう裏山攻略を始めるらしい。まだ俺は足を踏み入れたことのない裏山である。一、二回ぐらいついていってもいいだろうか。それとも別の日にしろって? ちょっと探検みたいでわくわくしてきた。

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