214.何度食べてもうきうきするものらしい

 今日は日が陰ったところでタマとユマが帰ってきてくれた。よかったよかった。それほど遠出はしなかったらしくそこまで汚れてはいない。でもタマの尾が汚れているのが気になったので一緒に洗った。この尾で獲物を倒すのか。ぞっとしない話である。ユマの尾はキレイだった。つまりはそういうことなのである。あんまり考えたくない。ユマはそんな乱暴なことしないよね。しないって言って。(希望的観測)

 翌朝も寒かった。冬だなぁとしみじみ思う。家の外に出ると地面が薄っすらと白くなっていてぎょっとした。霜だった。


「ああなんだ、霜か……」


 一瞬雪かと思った。心臓に悪い。うちの山道は一応舗装されているのだが、ところどころガードレールがない場所がある。そういう道には申し訳程度にコンクリでガードっぽい出っ張りがあるが、せいぜい10cm程度の高さなのでひやひやする。毎日のように運転していても怖いのだ。雪なんか降ったらどうなることかと今からびくびくしている。対処しろって? 狭い道だからガードレールも設置しずらいんだよ。

 一応冬の間はあまり外出しなくてもいいように買い込みは始めている。おっちゃんにも雪が降ったら下りない方がいいとは言われていた。全然雪には慣れてないしな。それに今年の冬は陸奥さんたちが頻繁に来て狩りをすると言ってくれた。イノシシが五頭、この山の下の方で捕れたことで裏山への期待が高まっているらしい。


「今年は豊猟に違いねえ!」

「そうだね~。佐野君の山も楽しみだねえ」


 陸奥さんと戸山さんが笑顔でそう言っていた。

 それはともかく今日のことである。ニワトリたちはイノシシが思う存分食べられるとご機嫌だ。


「そうだなぁ。今日は太陽の位置が、あのぐらいの位置になったら帰ってきてくれ。そしたらおっちゃんちに行くから。イノシシ食べるだろ?」

「イノシシー」

「タベルー」


 俺が太陽の位置を指で示すと、ポチとタマは頷くように首を動かした。そして叫びながらツッタカターと駆けていってしまった。


「……また捕まえてきたりはしないよな?」


 イノシシが獲れ過ぎるなんてことあるんだろうか。そもそも需要がそんなにあるのか? まぁおいしいけど。

 ユマと畑の見回りをし、上の墓を見に行った。雪が降ったら神様のところへは行けないだろうと思う。この墓辺りまではこられるだろうか。

 枯草を抜いてまとめ、墓の周りの掃除をする。外だから例えば毎日来ていたとしたって清掃は必須だ。


「川が近いのが助かるよなー」


 水はもうかなり冷たいけど。それでも桂木姉妹に言われるがままにハンドクリームを塗っているせいか、手がいささか温かくも感じられるのだ。

 墓を掃除した後は水を入れ、麓の方で採ってきた樒(しきみ)を供えた。仏事に使われる植物らしい。常緑樹なのでまたたまに供えられればいいなと思った。線香に火をつけて、もちろんそれも供える。

 手を合わせて挨拶した。顔も見たこともない人々の墓だが、この山にずっと住んでいたのだなと思うと感慨深い。この人たちはどんな風に冬を過ごしていたのだろうか。


「うちのニワトリたちがイノシシを五頭も捕まえたんです。イノシシってけっこういるんですね。うちの畑は特に荒らされなかったんですけど……」


 挨拶がてらここ数日あったことの報告をする。子孫の近況報告でなくて申し訳ないが、この山に住む者として聞いてほしい。知らんがなって思われてるかもしれないけど。

 傍から見れば墓にずっと話かけている変な人かもしれない。いや、挨拶は大事だ。例え墓の中のご先祖さまが知らんがなと思っていたとしても。大事なことなので二度言いました。

 線香の火を消し片付けて戻った。

 今日のイノシシはどんな料理で出てくるんだろうか。BBQだろうか。川の見回りなどもした後考える。うちのニワトリさまさまである。昼食後しばらくしてからポチとタマが帰ってきた。


「おー、おかえり。ちゃんと帰ってきてえらいなー」


 それほど目立った汚れもないのでざっとほこりなど払ってから出かけることにした。これから軽トラに乗るのに水洗いなどして風邪でも引いたらたいへんである。夏に桂木さんが作ってくれたポンチョを被せて出かけることにした。荷台の寒さ対策、誰かに聞かないとな。戸締りをきちんとして、ニワトリたちとおっちゃんちに向かった。


「イノシシー」

「イノシシー」

「イノシシー」


 えーい、合唱するな。うるさーい。

 うちの山の敷地内を出るまでニワトリたちはうきうきで叫んでいた。全く、聞きとがめられたらどうするつもりなんだ。いや、気持ちはわかるけどさ。

 今回は手土産は何も持ってくるなと釘を刺されたのでまっすぐ向かう。そういえば今日のメンバーを聞いていなかった。昨日と同じだとすると相当肉が余るんじゃないだろうか。ちら、とそんなことを思った。

 おっちゃんちに着くと、すでに軽トラが何台も停まっていた。そういえば狩猟チームは今日も山に登っているはずである。冬になってもやることがあるのはとてもいいことだ。ニワトリたちを軽トラから降ろした。


「あれ?」


 スマホをふと見ると通知があった。LINEが入っていたのを見落としていたようである。俺もどれだけ浮かれていたのか。確認すると桂木さんからだった。


「今日はご相伴に預かります。ありがとうございます」


 と入っていた。ということは桂木姉妹も来る、もしくは来ているようである。みんなで食べるの楽しいよな。おばさんにはまた負担かけちゃうけど。


「こんにちは~」


 ガラス扉を開け、家の中に声をかけた。

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