213.油断大敵だと思う

「うーん……まぁ、その……オウムもインコも、話しますよね?」

「あ、ああ! そうですよね!」


 相川さんに苦し紛れにそう言われて縋ることしかできない。ようは相川さんもまずいと思ったということである。それはポチが返事をしかけてタマにつつかれる前の話だ。

 タマがさっそくイノシシを獲りに行こうと踵を返した時だったと思う。


「俺たぶん、おっちゃんに電話した時もやらかしたような気がするんですよね……」

「まぁでも、こちらの言っていることはわかるんですししゃべっても不思議はないと思っていたはずですよ。それよりイノシシを探しに行く時、タマさんがポチさんをすごくつついてたんですよね。佐野さんに呼び止められた時ポチさんが反射的に返事しましたからそのせいかなって。まぁ陸奥さんと戸山さんは笑ってましたけど」


 あの時だよなと確信する。

 人手が足りないというようにタマが呼びに来る前のことだろう。タマは呼びに来た時腹が立って俺に飛び蹴りをくらわしてきたんだろうなと合点がいった。あれは照れ隠しって言わないと思う。


「あの後、タマが誰か呼びに来たんですが飛び蹴りくらったんですよね……」

「……タマさんの愛情は、過激ですねぇ」

「相川さんの方はどうなんです?」

「ええ?」

「リンさんは」

「あ、ああ……リン、ですか。リンは、たまに尻尾を巻き付けてくるぐらいですね。胴体巻きつけられたらさすがに死にそうです」


 リンさんはリンさんなりに相川さんに愛情を持って接しているのだろう。


「それより明日ですね」

「そうですね。夕方からでしたっけ?」

「僕は明日はまた湯本さんの山に昇るので何かあれば早めに言ってください」

「明日も狩りですか」


 連日イノシシ狩りに行くのはすごい。


「明日以降獲れたら内臓も一部もらえるので。テンはもう冬眠の準備に入ってますけどリンは起きていますし」

「ああ、そうですよね。よかったうちの分も……」

「それは大丈夫ですよ。冬はこれからなんですから」


 言われてみればそうだ。冬はまだ始まったばかりである。なのにすでにおっちゃんちの山を合わせてイノシシが八頭も獲れているのだ。どれだけイノシシが繁殖しているのか俺は遠い目をしたくなった。


「……イノシシ、多いですね」

「そうですね。縄張りの主張とか特にないんで、定期的に狩ってないとどんどん増えていくんですよ。天敵もあまりいませんしね」

「……そうですね」

「佐野さんの山は特に多いと思います。ここ数年ろくに人の手が入っていませんでしたから」

「確かに……」


 春はマムシの巣かってぐらいマムシが獲れたもんな。ニワトリたちがすごい勢いで狩ってくれてたけど。おかげで一度も噛まれずにすんだ。マムシをペットボトルに入れる方法も習得したし……ってそんなこと習いたくなかったよ。


「あ、でも……そのわりには畑の被害はなかったような……」

「……縄張りはなくても動物には警戒心ってものがありますから」


 さらりと言われて、よくわからないけどそういうものなんだろうなと思った。

 いろいろ話し合った結果、ポチとタマの失言についてはインコかオウムみたいなものだということにした。もし聞かれることがあればそう答えるつもりである。かなり苦しい言い訳かもしれないが、空耳というにはあまりにもはっきり返事をしていた。

 電話を切ってポチを見る。きょとんとした顔をして、なーに? と言うように首をコキャッと傾げた。これは注意しても無駄かもしれない。それでも言うだけ言ってみるけど。


「ポチ、なんでタマにつつかれたかわかってるか?」

「ワカッテルー」

「本当に?」

「ワカッテルー」

「じゃあ今度から気をつけような」

「ワカッター」


 返事はとてもよろしい。これ以上言ってもしょうがない。

 みんな帰った後は珍しくタマとユマが遊びに行っている。そんなわけで男二人で過ごしているのだった。


「ポチ、イノシシを食べるのは明日の夜だからな? おっちゃんちにまた行くからよろしくな」

「イノシシー」


 うん、肉食だな。

 ポチはトサカも立派だし尾も長い。多分10~20cmはタマやユマと長さが違うと思われる。しかもけっこう太い。


「尾が汚れてるな。洗うか」

「アラウー」


 やっぱりこの尾でイノシシを倒したんだろうか。恐ろしい話である。タライを持ってきてお湯と水を張り、とりあえずポチの尾を洗った。あんまり動くので洗いづらい。なんでこんな爬虫類系の尾が生えたんだろうな。考えたらきりがないと思った。

 尾を洗ってバスタオルで拭いてやるとポチはご機嫌になった。


「アリガトー」


 素敵なお礼の言葉を受け取ってしまった。うんうん、うちのは本当によくできたニワトリだよなぁ。(飼主バカ全開中)

 そうしてまた、何か思い出したような気がした。


「……なんだろうな。なんか、あったよな」


 だがそれは言語化する前に霧散してしまう。


「ま、いっか」


 今考えてもしかたない。あとはタマとユマが帰ってくるのを待つぐらいである。さすがに今日は早く帰ってきてくれるといいなと思った。

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