212.荒ぶる理由

 出せるだけのタライに水を張ってイノシシをとにかく全頭浸けた。寒いはずなのにみな汗だくである。

 秋本さんに大小合わせて五頭だと言ったらこっちで少し作業したいから待ってろとの話だった。ということで少しでも冷やす為に水に浸けたのだ。

 見れば見るほどすごい量である。


「さすがにこの量は人数いても食べきれないが……昇平どうする? ニワトリたちの為にとっとくか?」

「一回満足するまで内臓とか食べられれば納得すると思うんですよ。俺だとうまく調理できないんで、余ったらみなさんで分けてください」


 おっちゃんに聞かれたけど、おいしく調理してくれる人が食べてくれればいいと思う。俺はうちのニワトリのおかげで今年はいっぱいいろんな肉を食べさせてもらっているし。


「佐野君は太っ腹だねえ。僕ならきっと売るなぁ」


 戸山さんが感心したように言った。売るって選択肢もあるかもしれないが、別に俺が捕まえたものじゃないし。


「これだけあれば内臓だけで二食分ぐらいにはなるんじゃねえか?」


 おっちゃんがニワトリたちを見ながら言う。ニワトリたちが獲った時は、内臓類はニワトリたちの総取りである。あとはこのイノシシが特に病気などをしていないことが望まれる。さすがに内臓に疾患があるものは食べられない。そうなったら物によっては全て廃棄だ。こればっかりはもう祈るしかない。

 こうして一通り作業を終えてから、やっと俺はどういう状況だったのか気になった。


「そういえば……どういう状況だったんですか? なんか、複数いるようなことは……いえ、そんなかんじがしたんですけど……」


 ニワトリたちに直接聞いたとは言えなくて、俺は言葉を濁した。何故かおっちゃんが苦笑している。まさかな。


「ええ、どうやらイノシシの巣を見つけたようでした。この一番大きいのが太い木の前で死んでまして、その他はもう……」


 相川さんがそう言いながら遠い目をした。何が起きたんだろう。すごく怖い。


「いやー、佐野君のところのニワトリは優秀だな! 猟犬ならぬ猟鶏だ!」


 陸奥さんはご機嫌だ。戸山さんもにこにこしていた。


「ええと……その……ご迷惑は……」


 みなきょとんとした顔をする。ニワトリたちもなに? みたいな顔をしていた。お前らがそんな顔をするんじゃない。


「迷惑だなんて! ポチさんとタマさんは優秀ですよ? 足止めもうまいですし、あの長い尾がすごいですよね」


 相川さん、絶賛である。

 やっぱりあの尾なのか。爬虫類系の尾は長くて太い。ますます恐竜じみてきたなと思った。


「いえ、ご迷惑をおかけしていなかったならよかったです……」


 俺にはそれぐらいしか言えることはなかった。

 つか俺って、うちのニワトリたちがそういった獣を狩ってるところって間近で見たことないんだよな。想像しただけでかなり怖いから見たくはないんだけど。ヘタレだって? ほっとけ。

 そうしているうちにやっと秋本さんが到着した。結城さんも後ろから来たので、軽トラ2台で来たようである。


「こんにちは~。佐野君、またニワトリが獲ってくれたんだって? すごいねぇ、君のところのニワトリ。今度貸し出してほしいぐらいだよ~」

「こんにちは、秋本さん。貸し出しは……ちょっと……」

「そっかそっか」


 こちらが結城君とも挨拶している間に秋本さんはうちのニワトリたちに挨拶をし、イノシシの状態を確認したようだった。うちのニワトリたちに挨拶してくれるとかイケメンだと思う。(飼主バカなことは大いに自覚している)


「うん、いいねいいね。この秋に繁殖したヤツだな。増えるとたいへんだから本当にお手柄だよ。ここで作業してもいいけど……作業所の準備もしてあるから急いで持って帰るね。詳細はあとでゆもっちゃんに電話するからよろしく~」


 秋本さんはそう言うと、結城さんと手際よくイノシシを運んで行ってしまった。


「あ、冷やしておいてくれてありがとう! タライの片づけとか頼んじゃっていいかな?」

「大丈夫です! よろしくお願いします!」


 ブロロロロ……と二人の軽トラが出発した後で、俺はそっとため息をついた。とりあえず肩の荷が下りた、というやつである。


「じゃあ、片付けますか」


 みなで手分けしてタライを片付けた。ニワトリたちには「食べられるのは明日の夜だからな」と言っておいた。ちゃんと言っておかないと明日また狩りに行ってしまいそうだった。うちのニワトリ、肉食すぎるだろ。

 ポチが、


「ワ……」


 と言いかけた途端、タマがつつき始めた。ポチが慌てて逃げていく。クァーーーッ! と猛り狂ったような雄叫びを上げてタマはポチを追いかけて行った。

 普段あんま鳴かないけどあんな声出るんだな。タマさん超怖いっす。


「おー、やれやれー」

「すごいねー」


 陸奥さんと戸山さんがタマの勢いを眺めながらにこにこしている。その時、ちょっとした違和感を覚えた。

 あれ? さっき……。

 何か思い出せそうだと感じたところで相川さんが近づいてきた。


「食べるのは明日なんですよね?」

「お疲れさまでした。そうですね。ああそうだ、簡単にですが昼食を用意しますので食べていってください」

「いいんですか? 陸奥さーん、戸山さーん、お昼ごはんどうされますかー? 佐野さんが用意してくださるそうですよー!」

「おー、いただいてくわー」

「ありがとう。いただいてくよー」

「じゃあ作りますね。あ、でも俺のいつものごはんですよ」

「いただけるだけでありがたいですから、気にしないでください」


 にこにこしながら相川さんが言う。やっぱモテるよなーと思った。イケメンが言うからなおさらだ。

 そんなわけでちゃちゃっと肉野菜炒めを作って出した。ごはんも炊いておいたしみそ汁も用意してある。漬物やピーナッツみそ、昆布の佃煮(もちろん市販品だ)などを出せばどうにか体裁が整ったかんじである。

 おっちゃんも一緒にみんなで昼食を取り、明日の夕方はおっちゃんちに集まるということで解散した。おっちゃんが何か言いたそうな顔をしていたのがちょっとだけ気にかかった。なんかヘマをしただろうか。

 あ、やべ。

 タマはどうしてあんなに乱暴なのかと、ポチに攻撃した時のことを思い出してリンクした。

 みんな何も言わなかったけど、気づいたよな……?


「相川さーん!」


 今は聞かないではいられなかった。


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佐野君もポチもタマもやらかした(謎

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