211.照れ隠しでつつかれるってなんだろう

「今年はニワトリたちのおかげでイノシシ祭りだなぁ」


 おっちゃんが楽しそうにガハハと笑う。ちら、とユマを見ると、コキャッと首を傾げていた。何か気にかかることでもあるのだろうか。


「倉庫からネコとか持ってこなくてよかったのかな」


 ロープは持って行ったから、その辺にいい枝があればくくりつけて運んでこれるだろうけど。


「三人いれば大体どうにかなるだろ。ニワトリたちもいるしな」

「確かに。そういえば秋本さんへの連絡っていつすれば……」

「声はかけてあるから待機はしてるはずだ。後は正確な大きさと何頭かだけ伝えればすっ飛んでくるだろ」

「そうなんだ。助かりますね」

「ああ」


 動物の解体業を専門にやっている秋本さんは狩猟解禁の時期を今か今かと待ち望んでいたらしい。本人も罠猟の免許は持っているらしく、害獣を狩ったりするそうだ。

 みんなが戻ってきた時に使うように大きいタライをいくつも出して水を溜めておいた。これだけ寒ければもう蚊もいない。

 ユマがタライの水を見てコキャッと首を傾げていた。


「ユマが入るんじゃないし、飲む用でもないからな」


 教えるとなーんだというようにまた足元をつつき始めた。お湯ではないから入らないだろうが、念の為である。


「この寒さでもフツーに水浴びするもんか?」

「さすがに水には浸かりませんね。洗う時はお湯を足してます」

「そうか。大事にしてんだなぁ」

「うんまぁ……家族みたいなかんじで……」

「そっか……じゃあもう少し気をつけないとだな」

「えっ?」


 最後の言葉はうまく聞き取れなかった。聞き返そうとした時、タマが勢いよく駆けてきた。

 え? まだ一時間ぐらいしか経ってないんだけど、早くね? と思った時、何故かどーん! と飛び蹴りを食らった。だからなんでだー!


「おーすげー」

「タマッ!? なんだなんだいったいっ!」


 フンッというようにそっぽを向かれた。さすがに態度悪すぎだろっ。


「昇平、そりゃあタマちゃんの照れ隠しってヤツじゃねえか?」


 おっちゃんがそう言うと、タマはおっちゃんをつつき始めた。


「はははっ! タマちゃんくすぐってえくすぐってえっ!」


 あのつっつきをくすぐったいと言えるおっちゃんはいったい何者なのだろうか。相当痛いはずである。呆然と見ていると今度は矛先がこっちに向いた。


「タマッ! 痛いっ、痛いっつーのっ!」


 おっちゃんよりもかなりしつこくつつかれた。ひどいっすタマさん。もうオムコに行けません。(俺は何を言っているのか)


「タマちゃん、人手が必要なら俺が行くぞ。昇平が行くとユマちゃんもいっちまうだろ?」


 おっちゃんの提案にタマはやっとつつくのを止めてくれた。まだ穴は空いてないがそろそろ作業服に穴が空きそうである。何枚か余分に買っておいてよかった。


「いいんですか?」

「ああ、行ってくるよ。担ぐにしたって人手が多い方がいいだろ」

「じゃあ、よろしくお願いします」


 タマを先導に、おっちゃんもイノシシ狩りに行ってしまった。俺はすぐそばにいるユマと顔を見合わせた。


「どーしよっか……」


 ユマがコキャッと首を傾げた。


「お茶だけでもすぐに出せるようにするか」


 しばらくは帰ってこないだろうけど。

 肉だの野菜だのを切って用意しておく。みんなごはんを食べていかない可能性もあったが、切っておけば後で調理もしやすいし。そういえば調理用のパックって売ってたりするよな。餃子とかもひき肉を丸めた物と皮がセットで売ってるのとか見たことがあった気がする。

 大体やることを終えて外に出ると、太陽が中天に差し掛かっていた。いい天気である。おかげで朝はとても寒い。放射冷却勘弁してほしい。畑を改めて見たりとうろうろしていたら、北の方からわいわい話す声が聞こえてきた。ようやくイノシシが到着したようである。


「おー、昇平、大量だぞー!」


 おっちゃんの声が聞こえてきたのでそちらを見たら、


「えええ……?」


 大人のイノシシを木の棒にくくりつけて運んできているのが見えた。けっこうな大きさである。


「オッ〇ト主……?」


 さすがにそこまではでかくないが、かなりの存在感ではある。その後ろから一回り小さいイノシシが二頭かつがれてきた。


「うわぁ……大猟ですね!」


 更に、ポチとタマにそれぞれウリ坊が一頭ずつロープでくくりつけられていた。すげえ。


「全部で五頭ですか」

「水汲んでくれたんだねー。大きいのだけでも水に浸けちゃおうかー」

「そうしましょう」


 戸山さんと相川さんがイノシシをドボンとタライに張った水に浸けた。冷やすのがとにかく重要である。おっちゃんはよく手を洗うと、秋本さんに連絡したようだった。


「これから来るってよ。この小さめのイノシシ、一頭くれたら解体から何から全部請け負うって言ってたんだが……」

「じゃあそれでお願いします」


 そんな程度にワリに合うとはとても思えないので、追加でおっちゃんが払ってくれたりするんだろう。今回だけはちゃんと請求金額をおばさんに聞きださねばと思った。

 当然ながらイノシシはもう全て死んでいる。


「ポチ、タマ、お手柄だな」


 ポチが得意そうにクァーーーッ! と鳴いた。

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