208.ニワトリがもっと食べたいっていうんです

 イノシシ狩りを他力本願したせいなのか、翌日は夕方になってもポチとタマが帰ってきません。


「……アイツら、遅くないか?」


 西の空から段々と光が消えていく。さすがに真っ暗な中二羽を洗うのはつらい。そうなると土間で洗うようだろうか。家が汚れそうでやだなぁ。寒くなってもいいから家のガラス戸を開けて玄関の前で洗うようだろうか。

 そんなことをつらつらと考えてたら、やっと二羽が帰ってきた。……身体中にいろんなものをくっつけて。

 ……くっつき虫? いや違うか。何かにつっこんだのか。


「……遅いよ。おかえり」

「ミツケター」

「え?」


 でっかいタライを用意して湯を入れようとしたらポチが言った。


「イノシシーウチー」

「ええ?」


 タマも言い、俺の作業着に噛みついた。痛いんですけど。そのまま引っ張っていこうとされて……。


「いてててて」


 さすがに無理だと思ったのか、タマはパッと嘴を放してくれた。そうして二羽共俺から離れる。今からどこかへ行こうと誘われているようだった。

 が、しかし現在世界は真っ暗である。

 以前リンさんがこちらの土地に入ったほどの危機感はないので、今すぐでなくてもいいと思う。どちらにせよ今それがなんなのか確認する必要があった。


「イノシシを見つけたのか?」

「ミツケター」

「イエー」


 ポチとタマが言う。


「いえ? うち? イノシシの……巣か?」

「ミツケター」

「イッパイー」


 とりあえず聞いて推理してみよう。


「イノシシをいっぱい見つけたのか?」

「ミツケター」

「ミツケター」

「イノシシはどこにいるんだ? この山? 裏の山?」

「ココー」

「ココー」


 この山にイノシシがいっぱい生息しているらしい。


「この山のどこにいる? 上? 下?」


 指を上に、下にと動かしてみる。


「シター」

「スコシシター」

「イノシシはどこかで休んでたのか?」

「イター」

「イエー」

「そっか」


 ポチとタマの話を総合すると、イノシシがいっぱいこの山にいた。どこか巣のようなものがある。この山の下の方、ということである。おそらくポチとタマだけで狩りをするのは問題ないが、運び手が必要という話だろう。どう考えても俺が戦力に数えられるはずはない。


「うーん、そうだなぁ……」


 誰かに頼もうにもおそらく今度の週末まではみんなおっちゃんちの方へ行くはずである。巣があるのを確認したというなら急いで獲らなくてもいいのではないかと思った。まぁこれは素人の浅知恵かもしれないけど。


「巣があるなら、今日でなくてもいいし……また人が来た時でもいいんじゃないか?」


 提案したらタマにつつかれた。でもなぁ。


「タマ! いたっ、いたいってのっ! イノシシ食べたいのはわかるけど、食ったばっかだろっ!」

「イノシシー」

「イノシシー」

「イノシシー」


 ブルータスお前もか。ユマさん切ないっす。


「どちらにせよ! もう暗いんだから今日は危ないだろ。俺は無理だからなっ!」


 腕を組んで仁王立ちすると、タマに睨まれた。やべ、これもしや俺がエサパターンか?


「アシター」

「誰か手伝ってくれる人がいたら! あと三日は陸奥さんたちはおっちゃんちに行ってるし。それがきっと終わったら誰か来てくれるから、それまで待ってくれよ」

「エー」

「エー」

「エー」


 文句がすげえ人間っぽい。どこで覚えたんだそんなの。


「とにかく、今週は無理。うまくすれば今週中にまた呼んでもらえると思うから、我慢してくれよ」

「エー」

「エー」

「エー」


 抗議は延々とするようである。


「とにかく、今週は無理です! また来週で!」


 不満そうだったがしょうがない。やっとタライを出してお湯を入れたり水を入れたりして温度を調節すると、タマはしぶしぶ洗わせてくれた。タマが洗わせてくれたのでポチも洗えた。


「ユマはどうする? 俺と後で風呂に入るか?」

「オフロー」

「わかったよ。後でな」


 やっとユマがいつも通りに戻ってくれてほっとした。つい笑ってしまう。


「狩りには行かないぞ。わかったな」


 なんか怪しいので改めて確認する。


「ワカッター」

「……ワカッター」

「ワカッター」


 よし、返事をしてくれたなら少なくとも今夜勝手に出て行くことはないだろう。でもなんか不安なので、まとめて買っておいた豚肉のブロックから多めに切ってあげた。養鶏場から買ってきた飼料の上に、一応食べやすそうな大きさに切って。なんとも贅沢な夕飯である。

 ちなみに俺は今夜はもらってきたおにぎりに漬物とお茶で夕飯を終えた。昨日けっこう食ったしな。夕飯の後居間でTVを見ながら相川さんにLINEした。


「ニワトリたち、どうしてもイノシシが食べたいらしくて巣を見つけてきたみたいなんですよ。もう暗いのに連れて行かれそうになって困りました」

「それはたいへんでしたね。でも、今日はいいですが明日は実際に狩ってきてしまうかもしれませんよ?」

「その危険性はありますよね……」


 正直とても困る。すぐ近くならいいし、俺一人で持ってこれるような量ならいいけどタマはいっぱいだと言っていた。少なくとも三頭はいるのではないかと思う。でもこんな時期までイノシシって家族で生活するものなんだろうか。もしかしたら春に繁殖失敗して秋に産んだとか? その可能性はないとはいえないよな。おっちゃんとこの山での例もあるし。


「どーしよっかなー……」


 うだうだ考えていたら相川さんから電話が入った。


「はい」

「佐野さん、僕明日行きましょうか? ネコはありますよね」

「はい、あります。でも、いいんですか?」

「陸奥さんと戸山さんは明日も湯本さんちに行かれるそうですから大丈夫ですよ。秋本さんもわかっていて待機してくださっていますから。獲れるうちに獲ってしまいましょう」

「本当にいつもありがとうございます」


 本当になんていうか、相川さんには甘えてばっかりだよなと思う。まさかニワトリの狩りの為に人手を割かなければいけなくなるなんて思いもしなかった。だがおかげでどうにかなりそうである。相川さんとの電話を切ってから、俺はおっちゃんちに電話をかけたのだった。

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