198.ニワトリの脚力がすごすぎる

 ……寒い。布団から出られない。

 でも今日は朝からみんな来るし……つらい、と思いながらピピピピピ……と音を鳴らしている目覚まし時計を睨んでいたら。

 トトトッという音が近づいてきた。何事かと思ったら廊下に続く襖がガタガタいい始め、やがてスパーン! と勢いよく開いた。


「え」


 タマだった。タマは呆然とする俺を一瞥してから俺の上に乗った。のしっと。


「えええええ?」


 とりあえず腕を限界まで伸ばして目覚まし時計を止める。


「タマさん、どいてください」


 のしっ。


「起きますからどいてください」


 タマがどいてくれたので身体を起こした。寒いは寒いんだけど、あまりの衝撃で起きられたようである。


「タマ~、どうやって襖開けたんだ?」


 役目は済んだとばかりに土間へ戻って行こうとする後ろ姿に声をかけると、タマは振り向いて首を前に頷くように何度か動かし、足で蹴るような真似をした。ああ、そういう……。

 嘴で襖の引き手を引っ張って隙間を開け、そこに足を突っ込んでスパーン! か。って、ニワトリの足って横に動くのか? しかも慣れてる動きだったな。まぁ朝何度か乗られてたことはあるけど。

 ニワトリたちに朝ごはんを用意してから、今日のメニューを考えた。鶏鍋である。もちろんうちのニワトリは無事だ。つか俺が捌く前に返り討ちに遭うことは必定だ。そんな恐ろしいことはできないし、する気もない。

 鍋用に野菜をざくざく切ってざるに乗せておく。肉を切るのは後ででいいだろう。昨日相川さんが肉団子を持ってくると言っていた。鶏肉の塊と肉団子。十分食べでがありそうである。今日は午前中にみんなで墓参りをしてから作業に取り掛かってもらうことになっている。

 ニワトリたちにごはんを食べさせてからしばらくもしないうちに、続々と軽トラが入ってきた。

 今日からよろしくお願いします。

 ポチとタマは陸奥さんたちを一瞥すると、とっとと遊びに行った。


「山の上に神様がいるっつってたよな」


 陸奥さんがうちの上の墓参りをしてから思い出したように言った。


「ええ。でも頂上ですし、祠もなにもかもこれからなんですよ」

「そうか。だが挨拶はした方がいいだろ。これから狩猟でもお世話になるんだから」


 というわけで急きょ頂上まで登ることとなった。

 以前ポチとタマに教えてもらったルートを通って頂上へ向かう。ユマが先導してくれた。みんな作業をするつもりで来ているから山登りは問題なかった。だが頂上まで道ができているわけではないので、途中でちょうどいい枝を見つけて杖代わりにして頂上まで登った。


「おお、ここか」


 陸奥さんがおそらく一番年寄りだろうにピンピンしている。戸山さんはさすがにつらそうだった。本当にすみません。川中さんが一番疲れた様子だったのが意外だった。


「僕は普段そんなに動いてるわけじゃないからなぁ……運動不足はだめだよね」


 今日は日曜日だ。平日は川中さんと畑野さんは来られない。なので平日は二日にいっぺんぐらいの割合で陸奥さん、相川さん、戸山さんが来ることになっている。そんなに急ぐことはないと伝えたのだが、やれることはやれるうちにどんどんやっていきたいそうだ。ありがたいことである。(もちろん日当は払う)

 ちなみに今日は廃屋を開けて中のごみなどをできる限り運び出すそうだ。で、明日ごみ処理場へ運んでいくのだという。

 頂上の祠があった場所に置いた石に挨拶をし、みなで墓のところまで下りた。雨が降っていないからいいが、雨だの雪だのが降ったらもう挨拶には行けないだろう。階段状に木などを設置できるといいなと思った。


「プラスチックフェンスと横木を合わせてもいいかもしれませんね。考えましょう」


 相川さんに言われて頷いた。階段の設置は必要である。まぁ、来年の今頃にはできていればいいな程度ののんびり仕様ではあるが。

 それにしても今朝は本当に寒かったのだなとしみじみ思った。うちの周りもそうだが、墓の周りの草も一気に黄色くなっている。木々の紅葉も進み、色とりどりだ。徐々に色が変わるのかと思っていたが、気温によって一気に変わるのだと知り、また一つ勉強になった。

 うちに戻ってきて休んでもらう。その間に鶏のもも肉を適当な大きさに切って鍋の準備をした。カセットコンロがあるので、全体的に火が通ったら座卓に運ぶ。今日も相川さんが炊飯器を持ってきてくれた。


「もう一台買った方がいいですかね?」

「いや、いらないでしょう。持ってきますよ。平日は佐野さんちの炊飯器だけで足りるでしょうし」


 相川さんはこともなげに答えた。相川さんが持ってきてくれた鶏肉団子はどうも手作りっぽかった。


「いっぱい作ったのはいいんですけど思ったより食べなくて」

「やっぱり手作りだったんですね」


 マメだなぁと思った。

 午後から本格的に作業をするというので45リットリのビニール袋を出しておいた。明日はごみ処理場へ運んでいくので多少の分別は必要だが大まかでも問題はない。俺は手伝いをしなくていいと言われているので午後は山を下りて買い出しに行ったりした。

 それにしても陸奥さんは元気だなと思う。解体作業も請け負ってくれると言っていたので大丈夫ですかと聞いたら、孫に小遣いをあげたいのだそうで。いいおじいちゃんなのだなとほっこりした。

 意外と廃屋には物が残っていた。箪笥などは長年の雨漏りなどで使えなくなっていたので大きいものは全て粗大ごみである。


「明日の運搬は……佐野君もいいか?」

「はい、俺ももちろん行きますよ」


 俺に手伝わせるのは本当に嫌らしい。陸奥さん曰く、金と飯を出してくれるスポンサーを手伝わせるのはアウトなんだそうだ。それもまたこだわりなのだろうなと思った。

 そんなわけで明日はごみ処理場へ運搬である。

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