197.お昼ご飯は毎日出すからメニューに困る

 おっちゃんは廃屋について混ざっていたが、すぐに畑の様子を見にきた。


「なんか注意することとかあります?」

「うーん、村とこっちじゃ気温がまず違うからなぁ。真面目に農業やるならビニールハウスでも作った方がいいんだが、雪の降り方によっちゃすぐ潰れるしな。今はこれぐらいしか対策はできないんじゃねえか?」


 おっちゃんちは兼業農家だった。退職してやっと農業に打ち込める、と思ったらしいがそれはそれでたいへんなようだ。山の畑は門外漢だという。それでもいろいろ助かってはいる。


「そうですよね~」


 今のところ畑に直接黒いシートを被せるぐらいしかやりようがない。まぁだめになったらその時だ。何事もやってみなくちゃわからない。豪雪地帯だと雪下野菜なんてものもあるらしいが、山の場合はどうなんだろう。寒いは寒いのだが、やっと雑草が枯れてきたぐらいだから思ったよりは寒くないんだろうな。それか雑草が強靭なのか。困ったものである。


「明日辺りぐっと冷えるだろうから、その様子を見てだな」


 そういえば天気予報でそんなことを言っていた気がする。コタツを出すかなって思った。

 みんな廃屋の周りを巡ってああでもないこうでもないと言い合っている。俺は川を見に行くことにした。

 昼、カレーが入った二つの鍋に火を入れる。ごはんもいっぱい炊いた。一人暮らしだから五合炊きとかいらないだろうと思っていたけど、意外と使うものだ。今回は人が多いので相川さんも炊飯器を持ってきてくれた。おかげで炊飯器二台からもいい匂いが漂ってきている。やがてカレーの匂いがしてきたら、ユマがスッと玄関の外へ出た。やっぱりスパイスの匂いが苦手なのかもしれない。今日は量も多いしな。


「いい匂いがしてきたな~」


 ちょうどいい頃になっておじさんたちがどかどかとやってきた。みんなカレーの匂いにつられてきたらしい。


「ほら! 僕が言った通りになったじゃないですか!」


 川中さんが嬉しそうに言う。


「うるさい」


 バンッ! と畑野さんが川中さんの背中を叩く。


「ちょっ! 痛いじゃないですか! すぐ手が出るのは悪いクセですよ。奥さん子どもには手ぇ上げてませんよねっ!?」


 え、ちょっ……って思った。


「女子どもに手を上げる奴は最低だ」


 畑野さんは手は出るけれどもなんだかんだ言って冷静だ。


「ほらほら、佐野君が困ってるから入った入った」


 戸山さんが二人を宥め、土間から居間へ上がった。


「ここ、土間が広くていいねぇ。戸もないからこのまま居間へ上がれるし」


 戸山さんが感心したように言う。柱はところどころに立っているが、玄関から続く部屋のガラス障子は取っ払ってしまったのだ。なんか閉塞感が嫌で。おかげでうちは玄関、土間から直接居間の畳に上がれるようになっている。台所も土間から上がったところにあるので今風に言うとLDKにしてある。寝室は一応別にあるが、冬の間はここでみんなと寝てもいいかなとは思っている。普段は居間にちゃぶ台を置いているが、ちゃぶ台ではみんなが食べられないので奥の部屋から座卓を運んできた。けっこう大きめの座卓である。そこにみんな集まってから、漬物とお茶を出した。白菜の漬物、たくあん、福神漬けにらっきょう。


「やっぱカレーには福神漬けだよね!」


 川中さんが嬉しそうに言う。


「カレーにはらっきょうだろう」


 畑野さんがぼそりと言う。あまり気が合わないようだ。


「豚肉のカレーと鶏ひきのカレーを作ったんですが、どちらにしますかー?」

「豚だ!」

「鶏ひき~! おかわりはできるの?」

「残っていればできますよ~」


 おじさんたちみんなでわいわい言いながらカレーを食べる。賑やかでいいなと思った。

 カレーというのは人の食欲中枢を刺激するものなのか、鍋も炊飯器の中身も空になった。あんだけ作ったのに嘘だろ? と鍋を何度も見直してしまった。


「カレーはいいな。毎日カレーでもいいぞ!」


 陸奥さんがご機嫌で言う。陸奥さんはカレー好きと。


「シチューとかどうですか?」

「シチューもいいね! ビーフシチュー!」

「ホワイトの方がいい」


 川中さんと畑野さんの好みはどこまでも被らないらしい。


「鍋の方が楽じゃないですか?」


 相川さんが助け舟を出してくれた。確かにその方が楽だろう。


「そうですねぇ。おでんとかはどうですか?」

「食った気にならん」


 陸奥さんが言う。どこまでも肉食系なじいちゃんである。


「シシ鍋とかいいよねぇ」


 戸山さんが言う。


「俺、イノシシは扱ったことないですよ」


 苦笑した。みんなの視線がユマの方を向く。ユマは玄関口にいた。なぁに? というようにコキャッと首を傾げた。かわいい。

 いや、そうじゃなくて。


「だめですよ」

「まぁなぁ。やめた方が無難だな」


 おっちゃんがしみじみ言う。別にみんなユマを食べたいとかそういう話ではない。みんなうちのニワトリたちに期待しすぎなのだ。


「確かに捕ってくるまで帰ってこなかったら佐野君が困るわな」


 陸奥さんが笑う。


「そっか~」

「やっぱだめか~」


 とみんながっかりしたような、納得したような様子を見せた。

 ただ、うちの山なので「イノシシ狩ってきて」と言えばけっこう簡単に狩ってきそうな気もしないでもない。でもそれを期待されても困るので考えないことにした。うちはニワトリたちの自主性に任せます!

 明日から本格的に解体の準備を始めるらしい。三時のおやつにみんなで煎餅をぼりぼり食べながらそんなことを確認した。煎餅は相川さんが持参した。おやつに関しては持ち寄ってくれるらしい。明日は朝から来てくれるというので明日のお昼ご飯はどうしようかなと頭を悩ませる。三日に一度はカレーにしてくれと言われたからその分考えなくていいのは助かるけれど。

 鍋にするか。鶏肉になっちゃうけど。

 あ、もちろんうちのニワトリたちじゃないよ。(誰に向かって言っているのか)

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