110.西の山の住人に、病院に引きずっていかれる

「そりゃ困ったな。お前んとこは三羽共来るつもりなんだろう?」

「ええ……行くつもりなんですよね……」


 指をざっくり切ってしまったことをおっちゃんに伝えたらおっちゃんは唸ってしまった。三羽共行く予定なのに行けなくなりましたとはとても言えない。そんなこと言ったら俺がニワトリたちの餌になりそうである。うちのニワトリ怖い。


「俺も今日は忙しいしなぁ……そうだな、ニシ山の相川君に頼んだらどうだ?」

「ちょっと聞いてみます」


 それで無理なら今回は欠席でもいいだろう。左手とはいえ片手で運転できるほど軽トラは甘くないし、ましてやうちは山の上だ。行くことはできても帰ることができないかもしれない。

 で、相川さんに電話をしたんだが。


「え? 指を切った? 大事おおごとじゃないですか!」


 大事になった。


「でしたら僕が送迎します! ポチさん、タマさん、ユマさんもですよね。おひとり助手席に乗ってもらって、佐野さんは荷台になってしまいますが……ああでもそうしたら衝撃が……」

「俺は荷台で大丈夫ですよ」


 相川さんの軽トラの助手席部分はリンさんが乗るので椅子は外してあるのだ。そこにポチに乗ってもらえればいいだろう。


「じゃあ荷台にクッションを敷き詰めますから! でもその前に、病院には? もちろん行かれたんですよね!?」

「いえ、まだです」

「連れて行きます!」

「えええ。いや、大丈夫ですよ……」

「何かあったらどうするんですか!? 破傷風もそうですが……」

「予防接種受けてます」

「敗血症や蜂窩織炎ほうかしきえんだってあり得るんですよ! 抗菌剤だけでももらいに行かないとだめです!」


 すごい剣幕だった。敗血症は聞いたことがあるけど、あれって感染症で臓器障害が起こるんだっけか。こわっ。

 すぐに向かうと言われて、ユマと待っていることになった。本当に大事になってしまったなぁ。

 というわけで一旦出かけることになったのでユマに、ポチ、タマへの連絡を頼んだ。夕方に出かける予定だけど一度病院に行ってくると。一時間ぐらいで相川さんが来てくれた。そういえば金網のところの鍵はどうしたのだろうと思ったら、おっちゃんから合鍵を借りてきてくれたらしい。おっちゃんも時間短縮で近くまで鍵を渡しに来てくれたのだという。もう本当に頭が上がらないと思った。しかも相川さんはわざわざ座席をつけてくれたようで、そのまま村の診療所に連れて行かれた。荷台に乗ってみたかったなと思ったのはないしょだ。


「ありがとうございます」

「いえ、佐野さんにはお世話になっていますから」


 村の医者にかかったのはこれが初めてである。思ったより若い先生だった。


「うわー、これはざっくりいったねー」

「……はい」


 痛いからあんまり触らないでほしい。相川さんが真剣な顔で付き添ってくれているから文句も言えず、消毒と縫合もされてしまった。三針縫った。超痛い。


「お酒は飲まないようにしてねー。これ、溶けちゃう糸だから抜糸にこなくていいから。抗菌薬と痛み止め、それから胃薬いる?」


 溶ける糸なんてあるんだな。便利。


「一応ください」

「なんか少しでもおかしいなと感じたらすぐ来てね。はい、おしまい」

「ありがとうございました」


 痛いし縫われるし、財布は超痛いし、隣の薬局で薬を買って相川さんの軽トラに乗った。なんか保険に入ってたっけ? 帰ったらちょっと調べてみよう。


「買物をしてから戻りましょう。この時間ならお弁当屋さんが開いてるので」

「え。お弁当屋さんなんてあるんですか」

「ええ、あるんですよ」


 相川さんはほっとしたのか、屈託なく笑った。一応予約制らしいが、昼の時間だと置いてあったりもするとか。普通の民家で、料理好きのリタイアしたおじさんがやっているそうだ。


「こんにちは~。今弁当ありますか?」

「いらっしゃーい。ありますよー。今日は唐揚げ弁当と白身魚フライ弁当です」


 出てきたのはおばさんだった。注文してから容器に入れてくれるらしく、残ったら夕飯のおかずになるらしい。とても合理的だと思った。やけに腹が減ったと思ったので弁当を三つ買った。唐揚げ弁当二つと白身魚フライ弁当である。これをうちの山で二人で分けて食べることになった。


「相川さん、一度山に戻られなくていいんですか?」

「大丈夫です。リンとテンにももう話してありますので」

「お手数おかけします」

「明日佐野さんを送ってから一度帰りますが、その後は泊まり込みますね。不便でしょうから一週間ぐらい……」

「え? ちょっと待ってください。そこまでしていただくわけには……」

「片手が使えないと風呂に入るのもたいへんだと思いますよ」

「う、うーん……」


 だからって一週間も泊り込む必要はないだろう。


「ちょっと今はなんとも言えないんで、その話はまた後ででいいですか?」

「はい。まだ実感が湧かないと思いますからいいですよ」


 相川さんはにっこりと笑んだ。

 待っていてくれたユマは、心なしか心配そうな顔をしていた。心配かけてごめん。そっと抱きしめようとして、羽が刺さった。


「ぐああああ~~~っっ!」


 ユマがびっくりしたらしく飛び上がった。


「ご、ごめん……なんとも、ない……」


 ユマを抱きしめることもできないって、なんの拷問なんだろう。



ーーーー

無事病院に連れて行かれました~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る