109.注意一秒怪我一生

「解体から精肉までで一頭五千円から一万円てとこだな」


 おっちゃんから電話がかかってきたので聞いてみたら、さらりと答えられた。


「あのー……俺払ってませんが……」

「あ? いいんだよ。俺があん時シシ肉を食いたかったんだからよ」

「相川さんのお知り合いの、陸奥さんの敷地で捕まえた時もそうだったんですよね」

「んなの敷地の持ち主が出すのは当たり前じゃねえか」

「それを言ったらうちのイノシシは……」

「ああもう面倒だな。細けえこたぁいいんだよっ! 今回は解体分だけ出してもらうから二頭で五千円でいいだろ」

「精肉は?」

「うちで振舞うんだからうちで出す」


 俺はため息をついた。おっちゃんは金を気前よく出しすぎだ。


「俺も五千円出しますよ。俺がおっちゃんを頼ったんですから」

「面倒くせえな」

「金のかかることはきっちりしなきゃいけないって言ってるの、おっちゃんじゃないか!」

「お前らはいいんだよ!」

「よくない!」


 電話で押し問答になった。結果、次イノシシなどを捕まえた時はきっちり精肉分まで金を払うということで落ち着いた。そういうことなので、ニワトリたちには落ち着いたらイノシシ等を狩ってもらうよう頼もうと思う。

 夜改めておっちゃんから電話がきた。解体も済んだので明日精肉するらしい。夕方には来るようにと言われた。一番の功労者であるドラゴンさんにはしっかり内臓を取っておいてあるそうだ。桂木さんにはおばさんが連絡するという。んで、俺は相川さんを誘うように言われた。


「桂木さんのところのオオトカゲが鹿を捕まえました。明日の夕方湯本さんちでBBQをやるので来ませんか? 泊まりです」


 LINEを入れたら即返信が来た。参加してくれるようだ。


「鹿肉って少しぐらいあまりそうですか? できれば買い取りたいのですが」

「確認してからまた連絡します」


 確かに一晩空けるとなると、リンさんやテンさんにお土産を持って帰らなければならないかもしれない。陸奥さんのところでもイノシシを一部とっておいてもらってお土産に持ち帰っていた。

 おっちゃんに鹿肉の話をしたら、一応桂木さんに連絡をしろと言われた。確かに鹿を狩ったのはドラゴンさんである。またあっちに連絡し、こっちに連絡して、桂木さんからは了承を得、おっちゃんが一部冷凍しておくと言い、相川さんに返事をした。あれ? これってもしかしなくておっちゃんと相川さんがやりとりしてくれればよかったのでは。そうは思ってももう後の祭りだ。

 明日を楽しみにして早々に寝た。

 あ、明日は三羽とも一緒に出かけることになった。鹿肉、と言ったらポチとタマの目がきらーんと光ったのだ。お前らどんだけ肉食なんだよ。

 翌朝、ポチとタマはいつになくそわそわしていた。夕方になったら出かけるから、それまではパトロールしておいでと言ったらツッタカターと駆けて行った。仲が良くていいことである。出かける前にユマが迎えにきてくれることがわかっているからだろう。

 しかし鹿か。ジビエ料理自体ここに来て初めて食べたからよくわからない。ただ、牛や豚のように家畜化されているわけではないから個体ごとに味が違うのが常識のようだ。陸奥さんのところで食べたシシ肉もおいしかったけど、ちょっと固さが気になった気がする。あくまで気がする程度だけど。

 そんなことを考えながら草刈りをしていたせいか。


「~~~~~っっっ!?」


 軍手をしていたけどやっちまいました。指をざっくり。


「血が、血があああああ~~~!!」


 指の根本を押さえるも全く血が止まらない。俺はパニックを起こした。

 ユマは心配そうに俺の周りをうろうろしている。それでようやく少しだけ冷静になった。

 とりあえず血を止めないと。カマを持ってとりあえず家の中に入り輪ゴムを探した。それでどうにかして血を止めようという寸法だ。輪ゴムでうっ血するぐらいまで止めて、痛みはハンパないけど水で洗う。こういう時は破傷風が一番怖い。一応ここに来る前に破傷風の予防接種は受けてあるが安心はできない。輪ゴムを何度か付け替えて、どうにか血が一旦止まった。この場合医者に行って縫ってもらった方がいいのだろうか。でも指って肉があんまりないから縫えないんじゃないかな。

 でかい絆創膏を買ってあったからそれを貼ったらどうにかなった。

 でもよく考えたら止血って、心臓より高い位置に手を上げないといけないんじゃなかったっけ? でも持ち上げておくのしんどいよなぁ。


「ユマ~」


 近くにいたユマに側に来てもらって、手を置かせてもらった。これでどうにか心臓より上に……。


「あー……」


 こんなに血がどくどく出たんじゃ酒なんか飲めないだろう。肉は大いに食べた方がいいだろうが、酒はやめておこう。そう思ったらなんだか残念だった。

 ちなみに、軍手はけっこう切れていた。でもこのゴムの貼ってある軍手だったから指の被害もこれぐらいで済んだのだと思う。捨てる際に「ありがとうございました」と手を合わせた。

 それにしても指一本とはいえ、あまりの痛みに左手全体が使えないような状態だ。


「これって……運転できるのか……?」


 ユマを見る。


「ユマ、車の操作とかできないよなぁ……」


 バカなことを言いました。かといって欠席するのもなぁと悩んだところでおっちゃんに電話をした。指を派手に切ってしまったけどどうしよう、と。

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