111.西の山の住人に、盛大に怒られる

 片手が使えないって本当に不便だ。それだけじゃなくて、けっこう手って無意識にいろんなところにぶつけているものらしい。出かけるまでに軽くぶつけては叫んでしまい、その度にユマが跳び上がっていた。本当にごめん。


「そういえば血がかなり出たんですよね。患部は消毒されましたか?」

「え? 水で洗っただけですけど」


 相川さんに何気なく聞かれてそう答えたら、相川さんはにっこりと笑んだ。目が笑ってないです。とても怖いです。


「佐野さん、この家に引いてる水って近くの川の水じゃありませんか?」


 正確には川の下から湧いてる湧き水を引いているのだが。


「……あ……」

「塩素の入ってない水で傷口を洗うとか何を考えているんですか!? せめて一度煮沸したものならともかくそれもしてない水でしょう!?」

「はい! ごめんなさい!」


 すごい剣幕で怒られた。確かに水道水の感覚でした。せめて洗ってから消毒液を振りかけるべきだった。でも消毒薬なんかあったかな。


「キンカンならあるけど……」


 ボソッと呟いたら相川さんの目が更につり上がった。


「キンカンを切り傷に塗ってもいいと思ってるんですか?」

「え? だって昔は何にでもつけたっておばさんが……」

「キンカンは万能薬じゃないんですよ。ちゃんと効能を読んでから使ってください! この家には薬箱ってないんですか?」

「ないですね」


 キンカンも言われたから買ったぐらいだ。相川さんは大仰にため息をついた。


「薬関係の物を見せてください……」


 と言われたので、一応箱にまとめている物を出してもらった。絆創膏は入っているが包帯もない。相川さんは更に困ったような顔をした。


「佐野さん、置き薬を持ちませんか?」

「置き薬、ですか?」

「はい。この辺りではドラッグストアもありませんし、医薬品を置いておいて、使った分だけ後で払うという形です。そうはいってもここまで来てもらうわけにはいきませんから、湯本さんさえよければ決まった日に薬箱を持って行ってそこで使った分を払ったり、消費期限切れの薬を交換していただいたりという形にはなりますけど」

「ああ、富山の薬売りみたいな……」

「そういうやつです」


 確かに風邪とか腹痛なんかの時薬が家にあるとないではえらい違いだ。ここではまず体調不良で動けなくなったら終りだ。薬が家にあれば助けになるだろう。


「相川さんは置き薬って持ってるんですか?」

「うちも本当はあった方がいいのですが、なにせ山の上なので……」


 相川さんが頭を掻いた。相川さんもこの村に知り合いはいるが、普段から交流があるわけでもないので頼みづらかったのだろう。


「じゃあ、おっちゃんに頼んでみましょう」


 うちには置いてなかったけど、友達の家では薬箱を見たことがあった気がする。箱の中にいっぱいいろんな薬が入っていたのを見せてもらい、もらった紙風船で遊んだことを覚えている。それを思い出したら少しわくわくしてきた。


「桂木さんはどうしてるのかな……」


 彼女は彼女でうまくやっているようにも思う。なんとなくLINEを入れたら薬箱を持っているらしい。薬売りが来ることを事前に教えてもらって、知り合いである山中のおばさんの家に持って行くのだそうだ。


「今頃薬箱ですか?」

「うん、今頃なんだよね」

「男の人ってだめですねー」


 と返ってきた。これはさすがに否定できない。指も怪我してしまったし、本当にだめだめである。相川さんに泊まりの準備も手伝ってもらい、夕方ニワトリたちを荷台に載せてもらって、相川さんの軽トラでおっちゃんちに向かった。


「ニワトリ、重くないですか?」

「多分三羽合わせてもうちのリンより軽いですよ」


 確かに鳥は飛ぶための身体つきをしているせいか見た目よりは軽い。ダチョウなんかは別だけど。ダチョウってなんであんな風に進化したんだろうな。まぁでも鳥類に分類されてるってだけでダチョウからしたら空を飛ぶ必要はないのかもしれない。


「あ、手土産どうしよう……」


 お互いすっかり忘れていた。相川さんと顔を見合わせる。肉は鹿肉だけで足りるんだろうか。

 わからなければ聞けばいいのだ。おっちゃんに電話してみた。


「おっちゃん、足りないものある? 肉とか」

「おー、昇平大丈夫か? 松山も来るから大丈夫だぞー」


 養鶏場のおじさんも来るらしい。それなら鶏肉を持ってきてくれるだろう。


「相川さんに乗せてもらえたから、もうすぐそちらに着きます」

「気を付けてこいよー」


 お互いかなりパニックを起こしていたらしい。おっちゃんへの報告を怠っていたことに気づいて反省した。

 一応雑貨屋で煎餅を買った。バカの一つ覚えだけどしょうがない。いらないと言われたらうちで食べればいいのだ。

 そうしておっちゃんちに着く。すでに桂木さんは来ているようだった。他の家の車もちらほらある。山中さん、秋本さん、松山さんご夫婦は普通に来ているだろう。


「こんにちはー、遅くなりました」


 ガラス戸をカラカラと開けて声をかけると、土間にいた全員がバッとこちらを向いた。怖い。


「あの、ええと……」

「佐野さん、手! 手ぇ怪我したって大丈夫ですか!? 見せてください!」

「あああああ! いてっ、痛いってっ! いたたたたっっ!」


 桂木さんがすごい剣幕で突撃してきて俺の手を掴んだ。それも怪我した方の手を。

 この娘は俺に何か恨みでもあるんだろうか。



ーーーー

平日の更新は一日二回です。よろしくー。


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