92.隣山へ様子を見にいってみる

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 唐津、桂木、似ている。でももしかしたら雑貨屋のおじいさんが聞き間違えたのかもしれないとも思い直した。その人の名前を聞いたとしてもせいぜい一度ぐらいだろう。心当たりがあれば何度も聞いて確認するだろうが、結びつかなければそこで流すに違いない。

 追加でちょっと突っ込んで聞いてきた。


「その人のこと、なんで探してるんですかねー?」

「さあなぁ、なんか言ってた気がするけど忘れたよ」


 とぼけているのかそれとも本当に忘れたのかまでは判断できなかった。詳しく情報を集めたければお子さん夫婦に聞けばいいのだろうが、へんに怪しまれても困る。

 結局大した情報は手に入らなかった。


「佐野さん、ありがとうございます」


 桂木さんは麓の厳重な金網の内側に隠れるようにして待っていた。車はこちらからは見えない位置に停めてあるようだった。


「ごめん、待たせちゃった?」

「いえ、大丈夫です」

「……あ」


 車を金網の内側に入れ、全部鍵をかけてから思い出す。


「桂木さん、もしかして買物とか全然行けてないんじゃないか?」


 桂木さんは困ったような顔をして、コクリと頷いた。しばらくは畑の野菜でどうにかなるかもしれないが肉類がないのは困るだろう。


「また鍵開けるの面倒かもしれないけど今から買物行ってくるよ。ここに着いてから連絡するから」

「……いいんですか?」

「だって肉食べられないとつらいだろ?」

「じゃあ、買ってきてほしいものLINEするので、雑貨屋さんで買ってきていただいても……?」

「うん、なかったら悪いけど」


 桂木さんはとんでもないと首を振った。


「タマを置いてくよ。タマ、桂木さんに付き添っててくれるか?」


 タマが荷台から下りてコッと返事をしてくれた。


「できるだけ早く帰ってくるから」

「……いえ、無理しない程度で……」


 なんか桂木さんはぼうっとしたような表情で俺を見送った。雑貨屋に着く頃には買物リストが入っているだろう。もっと早く気づいてあげればよかった。そうだよな、あんなこと聞いたら怖くて山から出られないよな。

 桂木さんを思いやれなかったことを、俺は反省した。

 先ほど寄った雑貨屋には行かなかった。再度行くにしても肉類とかたんぱく質類を買いに行くとかおかしすぎる。おっちゃんちの近くの雑貨屋で頼まれた豚肉や卵、ひき肉などを買って戻った。

 桂木さんはタマと一緒に待っていてくれた。


「待たせちゃってごめん」

「いいえ、いいえ……ありがとうございます……」


 心なしか桂木さんの顔が赤くなっているように見える。夏真っ盛りだけど山の中だから、タマと待っていたことで冷えたのだろうか。

 内側に入り、厳重に鍵をかける。山歩きウォークの時も見たが、この金網はかなり頑丈そうで不審者は絶対通さないという気概が見て取れる。実際本気で入り込もうと思えば周りから入れないわけではないのだが、足場は悪いしこの山はけっこう急だ。金網はこれだけではなく少し先にもう一か所ある。桂木さんの恐怖がよく伝わってくるというものだ。

 ちょっと遅くなってしまったが桂木さんの家に着いた。ドラゴンさんが珍しく駐車場の側にある木の陰に寝そべっていた。


「タツキさん、こんにちは。お邪魔します。うちのニワトリが虫とか食べていってもいいですか?」


 ドラゴンさんは薄っすらと目を開け、いつものように軽く頷いてくれた。いつもなら畑とか家の横辺りの陰にいるのだが、今日は桂木さんのことを心配してここで待っていたのだろう。


「タツキ、ただいま」


 桂木さんに声をかけられて、ドラゴンさんは彼女に寄り添った。そのままのっそりのっそりと一緒に家に向かう。そして家の日陰になっているところに寝そべった。タマがさっそくドラゴンさんをつつく。この光景だけ見ると平和だなと思う。この平和が続く為にも、もう少し桂木さんを気にかけなければいけないなと思いを新たにした。


「すいません、今用意しますね!」


 そう言って彼女が小ぢんまりとした家に入っていく。俺はいつも通り縁側に腰掛けた。相変わらず縁側の周りの草はキレイに刈り取られていた。ユマは俺の側にいて、時折草をつついては小さな虫を食べているようだった。よく見えるなと感心してしまう。


「温めるので少し待っててください」


 家の内側から麦茶と野菜スティックをお盆に乗せて桂木さんが現れた。野菜スティックにディップするのはオーロラソースのように見えた。


「おかまいなく」


 彼女はすぐ家の中に消えた。俺はよく冷えた麦茶をごくごくと飲んだ。思ったより喉が渇いていたようだった。


「あー、ペットボトルも買ってくればよかったな……」


 お茶とかの二リットル入ってるやつ。本当に俺ってば気が利かない。

 野菜スティックはきゅうりが主だった。これがなかなかうまい。ポリポリ食べていると、


「お待たせしました」


 思ったよりも早く桂木さんが戻ってきた。ふわり、と胃を刺激するような香辛料の香りが漂う。カレーだった。


「おー」


 桂木さんは俺の反応を見てクスクス笑った。


「本当に男の人ってカレー好きですよね。すごく嬉しそうですよ」

「なんでだろうな。好きなんだよな」

「野菜カレーで申し訳ないんですけど、おかわりありますから」

「ありがとう」


 夏野菜がごろごろ入ったカレーはとてもおいしかった。ツナ缶も入れたらしく、全くの野菜カレーというわけではなかった。カレーなんて久しぶりすぎて思わず二回もおかわりをしてしまった。

 桂木さんは終始嬉しそうな顔をしていた。彼女の気分転換になったならよかったと思った。


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20万字超えたので、土日祝日の修正更新は三話です。よろしくお願いします。

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