91.早めに風呂に入るとその後も入るはめになる現象について
ユマには呼びつけてしまったことを詫びた。ユマは相変わらずかわいらしく首をコキャッと傾げてくれた。ああもうかわいい。ユマさんは癒しです。
うちのニワトリたちは、一羽は必ず俺の側にいると決めているようだ。だから家のガラス戸を開けてもタマは外に出なかったのだ。三羽ともよく動くがユマはそれほど動かなくても平気なのかよく俺と一緒にいてくれる。でも本当はもっと動き回りたいだろう。
でもおっちゃんちとか、他のところにいる時は普通に遊びに行くよな。記憶を辿ると、自分の山とか、相川さんち、そして桂木さんちにいる時も一羽は必ず側にいる。でも村に下りた時は平気で離れていく。それって……。
疲れた頭で考えても判断はできないと、俺は一旦考えるのをやめた。
「……今日は早めに風呂に入るか……」
そう呟くとユマの目がキラーンと光ったように見えた。まさかな。
「オフロー」
「うん、準備するなー」
本当にユマは奇特な子だと思う。お風呂が好きなニワトリなんて聞いたことがない。一緒に入ってユマをよく洗う。雑草などはあまりついていなかったがやはり山の中を走り回ってきたようだ。お湯を何度もかけて羽の汚れなどを確認する。意外と汚れているものだ。
「……はー……平和だなー……」
相川さんちのような露天風呂も憧れるが、毎日だと手入れがたいへんそうである。俺はまめじゃないからこれぐらいでちょうどいい。ゆったり浸かっているいるうちに外が暗くなってきた。そろそろ帰ってくるかなと風呂を出て、ユマを拭いた。
……うん、わかってたよ。わかってたんだよこうなることは。
なんで俺先に風呂に入っちゃったんだろう。
西の空が真っ赤でキレイだなー……と遠い目をしながら、雑草まみれで帰ってきたポチとタマを洗ったのだった。ううう、また汗だくだ……。
「あー……また買い出しに行かないとな。肉がない」
ニワトリたちにはツナの水煮缶があったからそれを野菜に混ぜて出してやった。油漬の方が俺にとってはおいしいけどコイツらにあげる時は毒にしかならない。油漬の缶を使って野菜と炒めて食べた。うん、うまいけど力は出ないな。やっぱ肉だなと思った。
ふとスマホを見ると桂木さんからLINEが入っていた。もうなんらかの結論が出たのだろうか。
「明日の昼、よかったらごはんを食べにきませんか?」
ごはんのお誘いだった。特に用事もないので、「行くよ」と返した。確かに顔を突き合わせた方が桂木さんの考えもまとまりやすいかもしれない。一人でいて悶々とするぐらいならいくらでも呼び出してくれと思うのだ。本人にはとても言えないけど。
「明日桂木さんちに行くけど、一緒に行くかー?」
「イカナーイ」
「イクー」
「イクー」
ポチが欠席、と。なんか傾向が見えてきたな。
桂木さんちにはタマとユマ、相川さんちにはポチとユマが着いてきてくれる。
「いつもありがとうなー」
嬉しくなって礼を言ったらきょとんとした顔をされた。いつもお礼言ってんじゃん。そんな何言っちゃってんの的な表情はやめてほしい。
翌日も出かけるまで一連の野良仕事をしてから、
「あ、手土産どうしよう……」
何も考えていなかったことに気づいて愕然とした。
なんか自分でも、話を聞いてやってるんだから的な思考でもあんのかなと思う。でも手ぶらで行くのはないと思う。
「雑貨屋寄ってくか」
タマとユマを軽トラに乗せ、少し早めに出発する。雑貨屋は……と考えて桂木さんがよく使っているという方の雑貨屋に寄ってみた。もしかしたらナギさんの情報が入るかもしれない。
「こんにちはー」
「おー、久しぶりだねー」
そういえばここにはあまり来ていなかった。よく行く雑貨屋と品揃えが似ているからかもしれない。店番はいつものおじいさんだった。
「お子さんたちごみ拾いウォーク参加してくださいましたよね? ありがとうございました」
「いやいや、本当は俺も参加したかったんだけどねぇ。さすがに腰がなぁ……」
「お気持ちだけで十分ですよ。お子さんたちによろしくお伝えください。そういえば……」
どう聞けば違和感なく話を引き出せるだろうか。
「あの、最終日にナギさんて方が参加されましたけど、おじさんの親戚の方ですか?」
「いやいや……全然関係ない外の人だよ。なんか人探しをしてるっつって前にも来たかな。すんげえハンサムだろう? 孫が気に入っちゃって一緒に参加しようって誘ったんだよ。なんか迷惑かけなかったかい?」
「それは大丈夫です。ただ、どういう関係なのかなと思っただけですから。でも人探しって、どんな人を探してるって話だったんですか?」
「んー……なんか若い娘だっつってたんだよな。目が大きくて、かわいくて、とか……」
「名前とか聞きました?」
「んん? 確か……唐津さんとかなんとか言ってたな」
唐津? それじゃ桂木さんのことではないのか? でも、別に俺たちに本名を名乗る必要は……。
「……そうですか。でも、そんな名前の人知らないですよね」
「ああ、だからここにはいねえんじゃねえかって言ったんだけどなー」
手土産に、今日入ってきたというクッキーを買って桂木さんの山へ急いだ。そうだ、桂木さんはここへ逃げてきたんだ。本名なんか名乗るはずはなかった。
という考えは杞憂ではあったのだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます