80.山に住んでいた人たちが墓参りに来た

 翌日の9日はこの山に住んでいた元庄屋さんたちが来る日である。

 麓の村で暮らす元庄屋さんは、山倉さんといった。おっちゃんちの東の方角に住まわれている。今回は山の上のご先祖様の墓参りということで、山倉さんも含めて五人来ることになった。山倉さんとその息子さん、集落に住まわれていたご夫婦と、もう一方ひとかたである。家族単位で言えば三組だ。

 事前に墓の周りの雑草などは抜いたし、危険な生き物がいないかどうかニワトリたちにしっかり見てもらった。墓参りでマムシに噛まれたなんてことになったらたいへんだし。午前中のうちに今から出ると電話をもらったので、麓の柵の鍵を開けに行った。墓の方へ直接行ってから帰りに寄ってくれるらしい。正直な話寄ってくれなくてもかまわないのだがそういうわけにもいかないのだろう。


「昼食はどうされますか?」


 と聞いたら用意してくるという。ああはい、うちで食べるんですね。承知しました。畑できゅうりを採る。まだまだ採れるけど、ちょっとタイミングを逃すとお化けのように大きく育ってしまうのでけっこうたいへんだ。種もでかくなるから食感がよろしくない。まぁそういうのはニワトリたちのごはんになるからいいんだけどな。

 山倉さんはうちのニワトリについては一応知っている。ご夫婦も村に住んでいるので話ぐらいは聞いているはずだ。もう一方はどうかというと、この山から町に引っ越した方のお子さんらしい。一応山倉さんにはうちのニワトリについて伝えておいてもらえるように言っておいた。なんの事前情報もなしに見たらさすがに驚くと思うので。

 あとは長年手入れをされていなかった廃屋についても話してもらってある。本人たちが手放してそのままだからどうなっていても仕方ないという思いはあるだろうが、状態は先に話しておいた方がショックが少ないと思ったのだ。ご夫婦に関してはこの山を出てすでに五年以上経っているという。ご両親が住んでいたという一方は小さい頃にこの山に住んでいたようだ。


「なんかー……あんまり細かく聞かなかったからアレだけど……緊張するなー」


 来るなら早く来いと思った。生殺しが一番つらい。(意味が違う)

 今日もポチとタマは山の中のパトロールに向かった。いつも夕方まで帰ってこないが、本当に何をしているんだろーか。

 客が来るからいないならいないでいいんだけど。


「墓の周りとか掃除はしといたけどなぁ……」


 墓自体は今回遠慮した。また後日見に行って、もし汚れていたら掃除すればいいと思う。山倉さんから連絡があってから二時間近く経ったところで軽トラが二台止まった。ユマと出迎えに行く。


「山倉さん、お疲れ様です」

「佐野君、今日はどうもありがとう。少しお邪魔してもいいかな」

「はい、どうぞ」


 一番歳をとってそうなお爺さんが山倉さんだった。四十代ぐらいのおじさんが後ろを続く。


「初めまして、山倉の息子です。お世話になっています」

「初めまして、佐野です。どうぞこちらへ」


 墓の手入れのことを言われているのだろうが、別に毎日行っているわけでもない。この集落に住んでいたご夫婦はある家屋の前で立ち止まっていた。それがご夫婦の家だったのだろう。


「初めまして、今回はありがとうございます」


 一番若い青年が最後の一人だった。とはいっても俺よりは年上のようだった。


「そちらが例のニワトリかい? 本当にでっかいねえ」

「ええ、とても助けになっています」


 家に促して、土間から続く居間に上がってもらった。お茶とお茶請けの煎餅や漬物を出す。朝採ったきゅうりもスティック状にして出した。


「すいません、なんのおもてなしもできませんで」

「いやいや、こちらがお願いしてこさせてもらっているんだから気にしないでくれ。むしろ図々しいと言われても仕方ないよ」

「そんな……」


 山倉さん親子は何度も俺に頭を下げた。こちらもそれに返すからなんだかお互い頭の下げ合いになって、ご夫婦の奥さんの方に笑われてしまった。


「佐野さん、山暮らしってたいへんじゃなくて?」


 奥さんに聞かれたので素直に答えた。


「たいへんはたいへんです」

「そうよね。子どもたちも住んでくれなかったから手放しちゃったけど、時々墓参りに来ることは許してね」

「それはもちろんです。できれば前日までに予定は教えていただけると助かります」

「ありがとうね」

「この家もキレイに使ってくれているようでよかったよ。佐野君、本当にありがとう」

「いえいえ、あの……僕は家があって、助かったので……」

「まぁなぁ……一から建てるのはたいへんだからなぁ」


 ご夫婦の旦那さんの方が言う。


「佐野さん、山暮らしの魅力って何ですか?」


 青年に聞かれた。


「魅力、ですか?」


 なんだろう。元々俗世にあまり関わりたくなくて山を買ったのだ。魅力ねえ、魅力……なんだろう。


「そう、ですね……自然を感じながら、静かに生きていけるかんじですかね……」


 我ながら何を言っているんだかわからない。俺はニワトリたちがいるから楽しく生きているのだと思っている。


「隠居してるかんじですか?」

「……そうかもしれません」

「まだ若いのに」

「そうですね」


 俺は苦笑した。うまく説明ができない。


「お墓の手入れとかしていただいていて本当にありがとうございます。また墓参りにお邪魔してもいいでしょうか」

「はい、事前に連絡があれば」


 青年にも改めてお礼を言われた。

 この三組はまた墓参りに来るらしい。奥さんが握ってきたおにぎりをおすそ分けしてもらった。とてもおいしかった。なんで女性が握ったおにぎりってあんなうまいんだろうな。それともただの気のせいなんだろーか。

 ユマを見てみなさん驚いた顔はしていたが特に言及はされなかった。この集落が辿ってきた歴史などを大まかに教えてもらったりした。彼らはそうして夕方前に帰って行った。

 ポチとタマは西の空の赤みが消えてきた頃に帰ってきた。どこを走り回っていたのか草まみれである。


「元気だなー」


 と言いながらたらいを出して二羽を洗った。


「山の魅力ねぇ……お前らとこんな風に、のんびり楽しく暮らせることかなぁ……」


 うちのニワトリたちの体力を考えたらやっぱり山がいい。


「ユマも俺にかまわず遊んできていいんだぞー」


 何故かタマに冷たい目で見られた。だからなんなんだっての。



ーーーーー

平日は一日二回更新ですー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る