62.猟師さんのお宅訪問

 木曜日になった。相川さんと同じ狩猟関係の人のお宅にお邪魔する日である。酒を飲むという話なので、初めてなのに泊ることになっている。粗相をしないか心配だ。

 今回もタマが留守番するらしい。


「心配だから、あんまり夜遊びするなよ」


 と言い置いて、玄関の鍵がかかってないかどうかの確認もし、出かけた。相川さんは山の麓で待っていてくれた。さすがに一晩出かけるのでリンさんは留守番らしい。確かに一晩軽トラの中に置いておくわけにはいかないもんな。いくらなんでも不自然すぎる。


「行きましょう」


 相川さんの軽トラに先導されて養鶏場に続く道を進む。途中で道が分かれており、養鶏場とは反対側の道を進むと田畑が広がる平地に出た。道なりにまっすぐ進んだ山側にそのお宅はあった。

 目的地は陸奥という立派な表札のある平屋建ての家だった。この辺りの田畑を所有しているらしい。


「農家さんなんですね」

「ええ、今は息子さんが継いでいらっしゃるそうで。山というほどではないですが、この奥の林一帯は私有地だそうです」

「へえ……」


 ポチとユマが下りた。こちらをきょろっと窺われたがまだ許可を出すわけにはいかない。


「地主さんにまず確認してからな」


 いきなり駆けてってなんか捕ってこられても困ってしまう。ポチとユマはおとなしく、俺の近くで地面をつつきはじめた。多分これぐらいならいいだろう。そうしているうちに軽トラが三台ぐらいやってきた。その人たちも狩猟関係者だった。


「うわあ……聞いてたけどでっかいねぇ。あ、初めまして、普段はサラリーマンですが猟師もしている川中と申します」

「初めまして、相川さんの隣山に住む佐野です」

「川中さん、早かったですね。お仕事は……」

「急ぎの仕事はないので時間休取ってきましたー」


 相川さんよりは年上に見える川中さんはこざっぱりとした印象だった。


「あ、ついでに。嫁さん募集中でーす!」


 独身らしい。


「うるさい」


 川中さんはいきなり後ろからスパーン! と後頭部を誰かに殴られた。


「畑野です」


 川中さんより年配に見える男性だった。


「こ、こんにちは……」


 どうにか挨拶をする。相川さんは苦笑していた。


「畑野さん痛いじゃないですか!」

「お客さんがお前のテンションに引いてるじゃないか」

「引いてるとしたらいきなり人の頭叩く畑野さんにですよ!」

「うーるーさーいーよー、ごめんねー。戸山と言います。よろしく」


 にこにこしながら最後に現れたのは好々爺然とした白髪の多いおじさんだった。名前覚えられるかな。


「これで全員集まったかな」


 そう言って戸山さんが呼び鈴を押しに行った。俺はこれからご挨拶だと気を引き締めた。


「……おやー? いないのかー?」


 戸山さんは少し玄関で待っていたが応答がなかったらしい。それから二度ほど呼び鈴を押したようだがなんの応えもなかったようである。


「困ったなぁ……まだどっかに出かけてるのかなー」


 戸山さんが頭を掻きながら戻ってきた。そして正面を見て、「あ」と言った。つられて振り向くと、麦わら帽子をかぶったお爺さんが野菜籠を抱えて歩いてくるのが見えた。


「おー、もう来たのかー」

「むっちゃん遅いよー」


 ゆっくり歩いてきたお爺さんはうちのニワトリたちを見て目を剥いた。ニワトリたちを見て驚かない人って見たことがない。


「相川君、彼が例の……」

「はい。隣山に住まわれている佐野さんです。佐野さん、こちらが陸奥さんです」

「初めまして、佐野といいます。お世話になります」


 思った通り、お爺さんが陸奥さんだった。俺は頭を下げた。


「でっけえニワトリが村で働いとると聞いたんだが、アンタんちのか……」

「はい、毒蛇が増えていると聞いたので一時的に出張させました。今は行っていません。すみませんが、敷地内で放してもいいでしょうか」

「ああ、ああ、かまわんかまわん。この辺り一帯はうちの田畑だ。一部貸してるだけだ。裏の林も好きに回ってくれたらええ。何を捕ってくれてもかまわんよ」

「ありがとうございます。でも知らない方が見て驚かれても困るので、ご家族がいらっしゃるのでしたら会わせてもらってもいいですか?」

「そうだな。確かにこの大きさのニワトリが走っとったらばあさんが腰を抜かすかもしれん」


 面倒を言って申し訳なかったが、ご家族と、畑を貸しているというご近所にポチとユマを見せにいった。(ご家族はみな畑に出ていたようだった)みんな驚いた顔をしていた。中にはうちのニワトリを遠目で見たことがある人もいたようで、


「ああ、あのでっかいニワトリ……いいなと思ってたんですよ」


 と言われた。


「さすがにお貸しすることはできませんが、今日明日はこの辺りの見回りをしていると思いますのでよろしくお願いします」

「助かります」


 うちのニワトリたちが毒蛇ハンターとして田畑を回っていたのは周知のことだったらしい。どこの家でも大歓迎だった。


「じゃあ、行くか」


 陸奥さんに促されてやっとお宅に足を踏み入れる。ポチとユマは食べていいくず野菜のある場所を教えてもらい、更に林も回っていいと言われたせいかツッタカターと喜んで駆けて行った。知らない土地を冒険しているかんじなんだろうな。


「暗くなったら戻ってくるんだぞー!」


 もう小さくなった後ろ姿に、声を限りに叫んだらクアーッ! と返事があったから大丈夫だろう。ちゃんと返事をするうちのニワトリはイイ子だ。

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