63.人様の土地でそんなに猟をしなくてもいいじゃない

 陸奥むつさんはこの辺り一帯の地主らしい。平屋建ての家はとても広かった。

 長男の家族と一緒に暮らしているそうで、挨拶はさせてもらった。陸奥さんのお孫さんたちは中学生になるらしく(こちらにいるのは一人)そろそろ帰宅するという話だった。


「佐野君だっけか。あのニワトリはどうしたんだ?」


 陸奥さんに楽しそうに聞かれた。


「春のお祭りの屋台で、カラーひよこを三羽買ったんです」

「はぁー……」


 ほーというイントネーションでみなさんが声を出した。


「確か……相川君ちの大蛇も祭りの屋台だったか」

「そうなんですよ。不思議ですよね、あんなに大きくなるなんて……」


 リンさんのことは皆知らないようだが、テンさんのことは知っているらしい。


「あのニワトリすごいよねー。尾がさー、羽じゃなかったよ!」


 川中さん、目ざとい。


「……先祖返り? 恐竜?」


 畑野さんが難しい顔をして呟く。


「羽毛恐竜かなぁ……ロマンだねぇ……」


 ほんわかと戸山さんが言った。

 まだ暗くはなっていないが俺が持ってきたビールが振舞われ、陸奥さんの奥さんや息子さんの嫁さんが料理を運んできた。息子さんはまだ畑の見回りをしているらしい。働き者のようだ。


「佐野君とでっけえニワトリに乾杯!」


 陸奥さんの号令でビールを飲む。なんでこう明るいうちから飲むビールはおいしいのだろうか。


「使われてねえ家の解体と片付けだっけか。何軒分ぐらいあるんだ?」

「……一応四軒分ですね。平屋建てで、それほど大きくはありません。一軒はおそらく倉庫のようでした」

「……重機がいるな。一度邪魔してもいいか」

「はい、事前に連絡していただけると助かります」


 話が早くて助かる。解体ってどれぐらい時間がかかるんだろう。謝礼の相場も聞いておいた方がいいな。


「で、サワ山の裏山だっけか」

「はい。まだ全然入ってなくて……」

「まぁなぁ……一人じゃそうそう手入れもできないだろう」

「そうですね。僕が自分の山の裏側に行けたのも、こちらにきて一年ぐらい経ってからでしたよ。それもただ見ただけです」


 やはり一人ではいろいろ厳しいらしい。


「相川君の山は今どうなってるんだ?」

「やっぱり裏山はあまり手入れができていません。薪だけなら手前の山で事足りてしまいますから」

「そうなんだよなぁ。一人で使う燃料なんぞたかが知れてるしな」


 みなうんうんと頷く。それでもできるだけ間伐はするようにしているそうだ。


「まぁいい。なんかあれば声をかけてくれ。時間があれば手伝いに行く。佐野君も遠慮なく声をかけてくれよ」

「ありがとうございます」


 社交辞令だったとしてもありがたい申し出だった。

 日が陰ってきた頃、クァーッ! と表からすごい声が聞こえてきた。ポチのようだった。それまでほろ酔い気分だったのに一気に醒める。何事かとみなで外に出たら、ポチとユマがでっかいイノシシを捕まえてきた。

 みんな口をあんぐりと開けて、しばらく誰も声を発せなかった。ポチがふんす、ととても誇らしげな顔をしている。

 これはまたシシ鍋かなと苦笑した。


「……こりゃあたまげた……」


 陸奥さんがしみじみ呟いた。ええもう本当にうちのニワトリがすみません。

 イノシシは前回山で捕まえたものよりも一回り大きく見えた。雄だろうか。またその爬虫類系の尾で足をどうにかして捕まえてきたようだった。


「あきもっちゃんに電話しようか」


 戸山さんがそう言って電話をかける。解体専門の秋本さんだろうか。そういえば腕がなまるといけないから捕まえたら持ってきてとか言われてたな。


「もしもし、あきもっちゃん? 今むっちゃんのとこにいるんだけど、佐野君のニワトリがイノシシ捕まえてきてさー。うんうん、前にも捕まえたのか。すごいねぇ……まだ生きてるけどどうする? え? 来てくれるの? むっちゃん、あきもっちゃん来てくれるってー」

「じゃあ任せていいな」


 基本イノシシに関しては罠で捕まえるそうだ。害獣指定されているので猟期でなくても農家などで罠を設置することができるらしい。ただ罠を設置したからといって必ず捕まえられるわけではない。農家の被害は待ったなしなのでニワトリたちはすごく感謝された。ポチがまたふんすと得意げな顔をしている。うん、素直にすごいと思う。

 山などで捕まえた場合は殺して血抜きをし、腹だしまでしてから洗えたらできるだけ洗って秋本さんのところまで運ぶらしい。だがここは平地だし秋本さんもすぐ来てくれるということで任せることにしたようだ。一応基本の作業はここで行うようである。


「佐野さん、内臓などを出す作業がありますから、具合が悪くなるようでしたら見ない方がいいですよ」


 相川さんに小声で言われた。うん、まぁ……確かにあまり見たいものではない。


「人によっては貧血で倒れたりもしますから……」

「すいません。挨拶済んだら僕中に入ってていいですかー?」


 川中さんが明るく言う。


「猟師やってんのにそんなことでどうするんだ?」

「苦手なものは苦手ですし。相川君と佐野君も戻ろう?」


 畑野さんが呆れたような顔をしたが川中さんはあっけらかんとしていた。俺と相川さんに声をかけてくれたことから気を遣ってくれたのだろうと思う。


「解体は早くて明日だからな。今日はイノシシは食えねえぞ」


 イノシシの周りをうろうろしていたポチとユマは、陸奥さんの言葉を聞いて俺を見た。見られても俺じゃなんもできないっての。


「明日以降だってさ。ありがとう。遊んできな」


 そう声をかけると二羽はまたツッタカターと駆けて行った。


「言ってることがわかるんだな」

「それなりに知能はありますね」


 そうしているうちに軽トラが入ってきた。秋本さんだった。


「おー、佐野君。またイノシシ捕まえたんだって? 君のところのニワトリはすごいなぁ」


 秋本さんは上機嫌で、挨拶もそこそこに作業を開始することにしたらしい。お湯を沸かしたりと準備がそれなりに必要ではあるが、その間に川中さん、相川さんと俺は家の中に戻った。さすがにまだイノシシの内臓を見る勇気はなかった。



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明日からはまた一日二回更新に戻ります。

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