59.山の中で露天風呂は最高です

 村の雑貨屋でビールを箱買いした。こんなには飲まないだろうが念の為だ。缶ビールである。

 瓶ビールの方がうまいが保存を考えるとやはり缶がいい。(と俺は思っている)


「えー! 買ってきてくれたんですか。気を遣わなくてもよかったのに……」


 二四缶入りをはい、と渡したら恐縮されてしまった。それぐらいお世話にはなってるし。本当はもっとちゃんとお礼しなければならないと思う。

 リンさんとテンさんは待っていてくれたらしく、アメリカザリガニ入りのバケツを下ろすとさっそく畑の向こうに運んで行った。その後ろ姿がご機嫌だった。


「サノ、イイヤツ」

「サノ、エライ」


 リンさんはともかくテンさんの声帯は本当にどうなっているのだろう。あ、それを言ったらうちのニワトリもか。俺に擦り寄ろうとしてくる二人(相川さんちの二匹については俺はあえて~人と数えている)の前にポチとユマが立つ。うん、もうみなまで言わない。ありがとう。


「佐野さん、こんなに持ってこられたんですから責任取って飲んでいってくださいよ~」

「……お手柔らかに……」


 よく考えたら六缶パックでもよかったか。なんか俺は浮かれていたのかもしれなかった。頭を掻く。

 でも相川さんが酔ってるとこって見たことないな。一度酔わせてみたいと思った。

 相変わらずスタイリッシュな土間に通されて、ナスときゅうりの浅漬けを出された。まめだなと思う。


「風呂の準備をしてきますね」


 相川さんちの風呂は薪風呂である。しかも五人ぐらい入れるほど広く、家の外にあるのだ。雨が入らないようにとの気遣いで屋根はあるが、贅沢な露天風呂である。脱衣所はないが、家からすのこを繋げてあるので裸足で行ける。前回は少し肌寒く感じたが、今回はちょうどよくとても気持ちがいい。


「……風呂、広いですよね」


 この風呂は相川さんが作ったそうだ。狩猟時期になるとその関係者がくるし、それに大蛇の水浴びにも使う為大きく作ったらしい。大は小を兼ねるとはこのことだった。


「でも調子に乗って大きくしてしまったせいか、冬はなかなか温まらないんですよ。薪はいっぱいありますけど、ちょっとそこが問題ですね」


 夕日が沈んでいくのを見ながら入る風呂は格別だ。この風呂だけでも手土産を持参してくる価値がある。ユマが入りたさそうなので、先に相川さんに入ってもらってから俺はユマといただいた。


「ほーんといい景色だよなー……」


 虫は邪魔だけど、露天風呂は素晴らしい。ゆっくり浸かって戻ると、料理がどんどんテーブルに並べられていた。


「うわー、おいしそう……!」

参鶏湯サムゲタンはそのままですけど……どうぞ」

「ありがとうございます、いただきます!」

「はい、召し上がれ」


 お互いになんとなく乾杯をして、相川さんの料理に舌鼓を打った。

 野菜の浅漬けがどんと盛られ、参鶏湯、そして油淋鶏ユーリンチー、小松菜のお浸し、ゴーヤチャンプルーなど、どれもこれもおいしかった。


「ただ唐揚げにするよりはと思いまして……」

「すっごくおいしいです!」


 油淋鶏うまい。このタレがたまらん。鶏も養鶏場から買ってきたものを使ったという。俺とはやっぱ違うよな。俺だと炒めるぐらいしかしないしな。またおばさんに何かレシピを教えてもらおうと思った。


「予防接種後はどうでしたか?」


 相川さんに聞かれてはっとした。そういえば副反応などを聞かれていたのだった。土間の隅でいただいた野菜くずなどを食べているユマを呼んだ。


「ユマ、食べてるところごめん。ちょっと来て」


 ユマは今食べていたものをごっくんと飲み込むと、トトトッとすぐ側に来てくれた。


「ちょっと触らせてくれ」


 羽をかき分けて、注射した辺りを探る。別段腫れてもなんにもいないようだった。


「ユマ、ありがとうなー。なんともないみたいです」


 相川さんはふふっと笑った。


「佐野さん、忘れてたでしょう?」


 ぎく。


「や、やだなぁ、忘れてなんか……」

「忘れてましたよね?」


 にっこりして言われた。


「……はい」


 その通りでございます。


「獣医さんに、僕も蛇について聞いたんですよ」

「どうでした?」

「残念ながら予防接種はないと言われまして……」

「そうなんですか」

「対象動物が、ほ乳類と鳥類、それから魚類らしくて爬虫類用のはないようなことを言われたんです」


 ん? うちのニワトリは鳥類でいいんだよな? 羽毛恐竜じゃないよな?


「爬虫類の生態ってまだまだわからないことも多いですから、しょうがないとは思いますけどね」

「そうですね」

「でも、予防接種を今まで考えもしなかったので、考えるきっかけを与えてくれたことはありがたいと思ってます」

「いえ……」


 どこまで相川さんは人がいいんだろう。


「ずっと一緒に暮らしていきたいですから、少しずつですけど健康のことを考えるようになったんですよ」

「……十分考えられていると思いますけど……」


 俺なんかよりよっぽど考えていると思います。間違いないです。

 相川さんは話上手だし勧めるのがうまい。今回は抑えて飲むぞ、と思っていたのにまた途中で記憶がなくなっていた。俺やっぱ酒に弱いのかな?

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