53.晴天はやることがいっぱい

 やっぱり山の空気は違う。珍しくしっかり晴れたので家の窓という窓を開け放った。洗濯もしたが乾くだろうか。衣類乾燥機はあるけどやっぱり太陽の光の下で乾かしたい。布団も干してへとへとになった。布団、少しは湿気がとれるといいな。

 いくら酒を抜いてきたとはいえ、泊りで帰ってきた翌日である。しっかり寝てはきたのだが人んちというだけで違うのだろう。


「そっか、もう出張はしなくていいんだ……」


 明日からニワトリたちを送っていく必要がないというだけで気が楽になった。しばらくはまた山の手入れに専念しよう。そろそろ梅雨も明けそうだし。

 明けたら明けたでしなければならないことが山積みだ。自分ちの縁側でぼーっとできるようになるのはいつになるんだろうか。

 会合はどうだったのかと相川さんからLINEが入った。ほっとしすぎてすっかり忘れていた。ニワトリをどうするだのなんだのと相談していたというのに失礼な話である。


「無事済みました。詳しくはまた後日」


 と書いて送った。今日はもう誰とも会話したくなかった。

 今回ニワトリ派遣のお礼にと、山ほど野菜やら米やらもらった。ニワトリたちの出張費は別にいただけることになっているが、農家さんたちからの感謝の気持ちらしい。大量にあっても食べきれないと思ったが、うちには大食漢のニワトリが三羽もいるのだ。積めるだけ積んで帰ってきた。


「やっぱ米が助かるよなー」


 野菜はどうにか作った畑にきゅうりと小松菜を植えているが、さすがに米作りはできない。八十八の手間をかけてでも米を栽培することにした先祖は、どれほど定住に望みをかけていたのだろう。

 今日は漬物も沢山いただけたので漬物とごはんだけで食事を終えた。労働で汗をかいた身体に漬物の塩分が染み渡る。保存食ではあるが、それだけ昔はみんなこうして普通に身体を動かしていたのだろうから、漬物の塩分は必須だったに違いない。今日はタマが側にいて、ポチとユマはパトロールに行った。いっぱい運動してこいよと思った。

 ところで、帰宅した際あまりにも汚れていたのを見て思ったのだが、


「なぁ、タマ。一晩留守番して、何やってたんだ?」


 タマがコキャッと首を傾げた。何を聞かれたのかわからないという体である。具体的に聞かないとだめかもしれない。


「ちゃんと寝てるか? 夜通し山の中で遊んでるなんてことはないよな?」


 タマがスッと視線を反らした。

 おいこら、ちょっと待て。どういうことだ。


「タマ? 昨夜ちゃんと家の中で寝たんだよな? 俺たちが帰ってくるまで寝てた、なんてことはないよな?」


 タマは帰ってきた時珍しく家の土間にいて、何故かものすごく汚れていたのだ。帰宅して俺がしたことはまずタマを洗うことだった。だいたいパトロールから帰ってくるとみんなそれなりに汚れている。しかし前回もそうだったのだが、一晩留守番を頼むとものすごく汚れているのだ。普段のパトロールでは考えられない程泥まみれだったりしたので、先日相川さんちに泊まって帰ってきた時不思議に思っていたのだ。どこをどう走り回ったらあんなに泥だらけになるのだろうかと。

 タマがスススッと俺から離れていこうとする。

 これはもう確定だろう。

 俺は逃げられないよう、タマにがしっ! と抱き着いた。


「タマ! いくら夜目がきくからって夜通し遊んでちゃだめだろ! こら、逃げようとするなー!」


 きつく抱き着いているからそう簡単に振り落とされはしない。タマは俺を抱きつかせたままタッタッタッと駆けだした。……けっこうなスピードである。俺にしがみつかせたままこの速さって、どんだけ筋力があるのだろう。


「タマ、ごめんなさいしなさーい!」

「ムリー」

「無理って……どこでそんな言葉覚えたんだー!」


 お父さんは許しませんよ!(誰

 困った不良ニワトリである。だから不良ニワトリってなんだ。

 タマはそのまま家と畑の周りをぐるぐる走り回り、玄関の前で俺を振り落としてツッタカターと逃げて行った。


「なんだあの体力……」


 今夜もし帰ってこないようなら改めて叱ることにしよう。作業着をぱんぱんと叩き、家の周り全体を眺める。虫がぶんぶん飛んでいる他はのどかである。あ、それも含めてのどかか。

 そういえば先日スズメバチが飛んでいるのを見かけたんだよな。巣が一つとは限らないからそこらへんもパトロールしないと秋には悲惨なことになる。日本ミツバチでもいるんだろうか。養蜂をする余裕はないが、ハチミツという響きがなんかいい。

 廃屋の周りを見回っているとユマがやってきた。


「あれ? ユマ、帰ってきたのか。もう見回り終わったのか?」

「キター」

「そっかそっか。ユマはイイ子だな~」


 どうやらタマとバトンタッチしたらしい。あの不良ニワトリめ~。やっぱり帰ってきたら説教してやる。

 ユマが俺を宥めるように近づいてきて、スリッと身体を摺り寄せた。ああもうユマかわいい。俺の癒しだ! 文句があるか。

 それから日が沈むぎりぎりまでポチとタマは戻ってこなかった。

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