54.予防接種に向けて準備をしてみる

 月曜日の朝はしとしと雨だった。昨日のうちにがんばっていろいろやっておいてよかった。

 いくら天気予報を見ていても山の天気は気まぐれで、ほとんどあてにならない。平地の天気予報と同時に山の天気予報を出してほしいぐらいである。できればピンポイントで頼む。(無茶言うな)

 燕は雨が降りそうになると低く飛ぶとか、猫が頻繁に顔を洗っていると雨になるとか、まぁそれなりに根拠がある話ではあるが、燕はこんな山の上は飛んでいないし、猫も飼ってはいない。

 猫かー……縁側で猫とひなたぼっことか、こたつで丸くなる姿を見てみたい気もするが、うちの山で暮らしていくことを考えたら家猫ではだめだろう。やはり山猫ぐらいのバイタリティがないと難しいと思う。だってニワトリを狩るどころか逆に狩られそうだし。


「雨……だるいなー……」


 朝食の支度を簡単にし、昨日もらってきた野菜の非過食部分をまとめてキレイに洗ってニワトリたちに出す。どうせ食べ残しなどは畑の横に捨てたりするのだ。って食べ残すような量は作らないけど。(作り過ぎたら基本は冷蔵庫だ)


「予防接種か……」


 今日はタマとユマがパトロールに出て行った。昨夜は昨夜でたいへんだった。タマが戻ってきた時、


「逃げるってことは悪いことをしたって自覚があるんだろ? 謝ろう?」


 と諭したのだがタマはフイッと顔を横に向けるばかりだった。


「タマが残って山の見回りをしてくれているのはありがたいんだよ。でも限度ってものがあるだろ? 俺はタマが心配なんだ」


 感謝と心配しているということをはっきり伝える。だって俺ではイノシシが突進してきても対処はできない。まあなかなかそんな事態には遭遇しないだろうがイノシシが増えているかもしれないとおっちゃんも言っていたしな。

 タマは逃げなかったが、代わりにつつかれた。なーんーでーだー。

 疲れていようが雨が降っていようが家と畑の周りぐらいは見なければならない。さすがに土砂降りの時とかは無理だけど。ポチが付き添ってくれるのがとても心強い。来年はもっといろんな野菜を植えようと思う。

 しばらくするとポチがまたマムシを捕まえてきた。いつもと違うのは、なんかおなかの辺りがふっくらしているような気がする。

 そういえば産卵の時期かもしれない。でも確か八月以降だと聞いたような気がする。ただ、多少時期がずれる個体もあるのかもしれないと思った。


「ポチ、ちょっと待っててくれるか」


 そのまま捕まえておくように頼んで、おっちゃんに電話をした。


「おお、昇平か。どうした?」

「マムシをまたポチが捕まえたんですが、なんかおなかの辺りがふっくらしているんですよ」

「まだ時期的には早いが卵抱えてるんじゃねえか? 持ってこれるなら持ってきてくれ。マムシの卵は滋養にいいからな~」


 そうなのか。ってことは酒に漬けるんじゃなくて食べるのかな。俺はポチにそのマムシはくれと頼んでペットボトルを家に取りに戻った。で、無事捕獲。さすがにペットボトルの口ではおなかの辺りがつかえるので、上の方を切って中に入ってもらい、ガムテープなどで厳重に蓋をした。またペットボトル買ってこないとな。って、飲む目的っていうより蛇捕獲の為のペットボトルってなんなんだよ。毎日作業してるから水分補給は必須なんだがどうにも納得がいかない話だった。

 今日はもうアレなので明日おっちゃんちに持って行くことにした。

 忘れないうちにと獣医さんに電話をかける。

 養鶏場を営んでいる松山さんのところで会った佐野です、と名乗ったら「ああ、あの羽毛恐竜の!」と言われた。やっぱうちのニワトリってニワトリじゃないのか? 羽毛恐竜なら羽毛恐竜でもいいんだけどあんまり認めたくはない。恐竜はロマンなんだけどそこまで爬虫類っぽくはないし。(せめてもの抵抗


「予防接種をお願いしたいと思っているのですが、いつ頃お伺いすればいいですか?」


 と聞いたら獣医さんは少し渋った。


「うちは全然かまわないんだけど、近所の人に見られるとまずいと思うんだよね。勝手に写真撮られてSNSとかに上げられたりしたら困るでしょう」

「ああ、確かにそういう時代ですもんね……」


 肖像権どこいった。って、ニワトリには適用されないか。


「そうしたらどうすれば……」


 夜間とかでも安全とはいえないだろうし。


「ちょうど木曜日に松山さんのところへ行く用事があります。松山さんに許可を取る必要はあるけど、その時でよければさせていただきますよ」

「はい! ではそれでできましたらお願いします!」


 俺は一も二もなく飛びついた。俺がお願いする立場なのでまず俺が松山さんに電話をかけた。


「ああ、予防接種することにしたのか。それはよかった。うちのとこ? うん、いいよ~」


 松山さんは快く受け入れてくれた。本当に頭が上がらない。


「そういえばこの間の鶏の味付けとかをちょっと変えてみたんだ。うちで振舞うから食べて行ってくれないかな」

「え? いいんですか?」

「この間言ってた友達も連れておいで」


 参鶏湯サムゲタンを食べさせてくれるようである。木曜日までに手土産を用意できるだろうか。相川さんに連絡したら「喜んでお伺いします」と言っていたので手土産についても聞いてみることにした。


「果物が喜ばれたという話ですから、旬の果物を持って行って、後は好きな食べ物などを聞き出すようにすればいいのではないでしょうか」


 おおう、さすがイケメン。ずっとついて行きます。


「ところでなんですが……前回予防接種に行くような話をした時ポチさんが逃げて行ったと聞いたような気がしましたが、大丈夫なんですか?」

「あ」


 あのでかいのを捕獲できる気がしない。俺は新たな問題に直面し、頭を抱えたのだった。

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