29.おっちゃんに呼ばれたので、ニワトリと話を聞きに行った
雑貨屋は帰りに寄ることにし、俺は軽トラをまっすぐおっちゃんちに走らせた。
「こんにちは~」
さすがに今日はおばさんも表には出ていなかった。こう雨が続くと全てが湿っぽくなる。
「あらあら昇ちゃんいらっしゃい。ポチちゃん、ユマちゃんも来てくれたのね~。助かるわ~」
おばさんに迎えられ、ポチとユマは素直におばさんに抱きしめられた。
「おばさん、濡れますよ」
一応タオルで拭いてはあるけど羽の中の方は濡れている気がする。
「じゃあタオルもってこないとね。あ、昇ちゃんの荷物はこれよ」
おばさんは気にしないで靴箱の上に置いてある荷物を示してくれた。けっこう大きな箱だった。
「ありがとうございます。他のも持ってきますね」
断って一旦車に戻り、包装紙を外すと果たして果物の詰め合わせだった。よかったよかった。戻っておばさんに渡したら目を丸くされた。
「ええ~? あらあらいいのかしら。こんなにお金使わせて悪いわね~」
おばさんも果物には目がないようだった。いつもより顔がほころんでいる。確かに煎餅と果物では雲泥の差だろう。本当に相川さんには頭が上がらないなと思った。
「いつもお世話になっていますから、どうぞ受け取ってください」
「まあまあ悪いわね~。ポチちゃん、ユマちゃん野菜くず食べる~?」
おばさん、声音まで変わってるよ。こんなに果物の詰め合わせって女性に受けるんだなと目からうろこだった。甘い物が好きならチョコレートの詰め合わせとかでもいいんだろうか。
で、おっちゃんにはマムシだ。
「おー、大分集まったなー。これじゃサワ山はマムシの巣だったんじゃねえか? ニワトリに感謝だな」
「ええ、もう頭が上がりませんよ」
マムシ入りのペットボトルを、おっちゃんがウキウキしながら奥に持っていく。物によってはとっくに酒につけられているので、早く飲ませろと村の他のおじさんたちに文句を言われているそうだ。
「最低でも半年は漬けねえとマムシが浮かばれねえ」とおっちゃんが言う。しかしもうマムシ酒を入れた瓶もかなりの数になっているはずだ。一年後にはどうなっているのかと恐ろしくて想像もできない。マムシ酒が大量に並ぶ倉庫。ぞっとしない話だ。おばさんに言われるがままに飲み物を倉庫からとってきておっちゃんの前に座る。
「昇平は真面目だな。たまには飲めよ」
勧められるビールを手で制して断る。
「いやいや、帰る先は山ですから。酔っぱらって運転なんかしたら崖から落ちちゃいますよ」
ガードレールがあるところもあるが、なくて心持ち縁石があるだけなんてところもあるのだ。ちょっとハンドル操作を誤ったら落ちてしまう。あの辺も近いうちにどうにかしないとなと思う。
「それもそうだな。死んじまったら元も子もねえもんなー」
おっちゃんはビールを自分のコップに注いだ。
そうでなくても飲酒運転ダメ絶対。飲みすぎた翌日もけっこう残るから気をつけましょう。
漬物がうまい。
「そういえばうちのニワトリたちに話があるって聞きましたけど、何かあったんですか?」
「ああ……それがな」
おっちゃんの話によるとこうだった。
この村のほとんどは農業をしており、水田もそれなりにある。いろいろな生き物と共存している山間の村だが、今年は何故かヤマカガシが多いらしい。
「すでに二人噛まれててな。一人は無事だったんだが一人は病院送りになっちまった。しかも水田の周りに多くてな、農家が困ってんだよ」
「それは困りますね。そういえばこの間うちの山でもポチが捕まえてきましたよ」
「おお、やっぱニワトリが捕まえてんだな。すげえなぁ」
おっちゃんが感心するように言った。
ヤマカガシは基本臆病でめったに人に噛みつくことはない。噛みつかれても毒を出す牙が顎の奥にある為、浅く噛まれただけでは毒が注入されないことがあるらしい。でもその毒はマムシより強いと聞いているし、首のところにも毒腺があるので頸部を圧迫すると毒が出るなんてこともあるという。(頸部の毒はニホンヒキガエル等を食べることで溜めているそうだ。厄介な話である)
「普段ならそれほど気にすることはないんだが、さすがに毎日どっかしらで見るようになってなあ」
「それでうちのニワトリですか」
「ああ、蛇が増えるとカエルが減る。カエルが減るとどうなるかわかるか?」
「虫が増える、ですかね」
稲等を食べる害虫が増えるのはいただけない。
「そうだ」
「生態系のバランスが崩れますね。そういうことなら……ポチ、ユマ、おっちゃんから話があるってさ」
外来種のカエルは駆除する必要があるだろうが、日本の里に昔から住んでいるカエルが減りすぎるのは問題だ。何が原因でヤマカガシが増えたのかはわからないが、うちのニワトリに頼めば駆除してくれるだろう。
「ええと、ポチとユマだっけか? いつもマムシを捕ってくれてありがとうな。赤と黒の模様がある蛇ってわかるか? ヤマカガシっていうんだけどな。最近村に多くて困ってんだよ~」
ポチとユマがおっちゃんの話を聞いているのを見て、うちのニワトリってやっぱ普通じゃないよなと思った。ニワトリに真面目に話をするおっちゃんも相当だけど。
話を聞き終えたポチがコッ! と了承するように鳴いた。
「そうかそうか。捕まえてくれるか。それは助かるなぁ」
おっちゃんが上機嫌で言う。足で土間を掻いているのを見て、なんか嫌な予感がしたので俺は急いでポチに抱き着いた。
クワァーーーッッ! と鳴かれて超怒られる。だってお前今走り出そうとしてたじゃん。絶対今から田んぼに駆けていこうとしただろ。
「ポチ、今日じゃないから! 改めて別の日に来るから、なっ!」
つつかれながらそう何度も言うとやっとポチはおとなしくなった。やっぱ駆けてく気満々だったんじゃないか。
「……ニワトリ、すげえな」
おっちゃんに引かれた。こんなせっかちなポチですがいつもはいい子なんですよ、ええ。
いい子ってなんだろう。
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