18.人に歴史あり。でもそんな歴史はいらない

「……呼びつけてしまってすいません」


 いつもなら麓に設置されている金網の鍵はそのまま開けておいてほしいと言われるのだが、今回は閉めてきてくれと言われた。それだけでも相川さんが何かを恐れていることは伝わった。桂木さんと似たようなかんじを受けたが先入観はよくない。

 相川さんの家に着く。相川さんにリンさんが巻き付いていた。半目になる。

 剥せっていうんじゃないだろうな。俺にはとても無理です。

 テンさんも相川さんに寄り添っていたが、俺たちが着くと近づいてきた。本気で大蛇なんでできれば遠慮してほしい。


「……で、その……どうしたんですか……?」


 相川さんはとても困っているような顔をしていた。そんな表情もイケメンだな。俺がそんな顔をしたら歪んでいるようにしか見えない気がする。これは平凡な男のひがみである。


「……すごく情けない話なんでけど、聞いていただいても……?」

「ええ、かまいません」


 重い話かもしれないとは思ったが、聞かないという選択肢もなかった。リンさんはやっと相川さんから離れた。いつも通りニワトリたちに虫や草などを食べさせてもいいかとリンさんたちに許可を取り(ここ重要!)、相川さんの家にお邪魔した。

 おしゃれな急須と湯呑でお茶を淹れてもらう。この家に入るといつも別世界にいるような気がしてくるから不思議だった。リンさんたちはポチと共に外にいるらしい。ユマはいつも俺に付き添ってくれる。ありがたいことだと思った。

 今日はお茶請けにきゅうりの浅漬けが出てきた。相川さんはいろいろ凝り性で料理もする。


「あ、おいしい」

「よかったです。調子に乗っていっぱい作ってしまったので持って帰られますか?」


 どっかで聞いた話だ。


「はい、いただいていきます」


 もきゅもきゅ食べていると、相川さんははーっと嘆息した。何からどう話したらいいのか考えあぐねているようだったが、やっと口を開いた。


「ええと……女性がストーカー被害に遭う事件とかって、ここ何年かけっこうありますよね……」

「ええ、ありますね」

「その場合は男性がストーカーなんですけど……その」


 ピンときた。相川さんはイケメンだし、ありえない話ではない。


「女性がストーカーになる場合もありまして……」

「……もしかして、相川さんがこの山に住むきっかけがだったんですか?」

「……はい」


 女性にストーキングされるとか全く想像ができない。でも実際にそうだったのだろう。


「俺には想像もできませんが、相当たいへんなことだったんでしょうね」

「ええ……同じ職場の女性だったんですけど、いつのまにか彼氏ってことにされてて、勝手に合鍵を作られて家の中を物色されたりとか……」

「うわあ……」


 想像以上にハードだった。勝手に合鍵ってそれは犯罪では?


「それで……どうしたんですか?」


 さすがに仕事にも支障が出てきたので上司に相談。上司がその女性と直接話をしたら女性は逆上したらしい。結局警察沙汰になり会社にいづらくなったのだとか。なんとも後味の悪い話だった。


「彼女には一応ストーキングの禁止命令も出ているんですけどそれでも怖くて……情けない話です」

「いやいやいやいや、それは怖いですよ!」


 株で多少儲けていたので思い切って仕事を辞め、知り合いの伝手を頼ってこの山を買ったというのが顛末である。

 狩猟免許を取ったり山の手入れをしている間は無心になれたが、相川さんはある時ふと寂しくなった。山を下りた日はちょうど村で夏祭りをしていて、その屋台で蛇を二匹買った。10cmぐらいの赤ちゃん蛇はその後みるみるうちに大きくなり、何故か一年ほどしてから一匹の上半身が人間の女性にようになった。それがリンさんである。……あれは、ラミアなのかな。

 それはともかく今はストーカーの話だ。


「……もしかして、その女性が村に来ている、とか?」

「……いえその……隣の町に買い出しに行った時見かけたんです……」

「え」


 隣の町、というと西の山の前の道を更に西に行ったところにある町だろうか。


「えーと、N町ですか?」

「はい」

「人違いの可能性は?」

「……ありません。買い出しに行ったのは昨日でして、人違いの可能性も考えて弁護士に連絡を取ったんです。それで確認したところ今年こちらの県に引っ越してきたみたいで……」

「えええ……」


 俺はあまりの恐ろしさに身震いした。なんというか、結婚がダメになったぐらいで山暮らしを始めてごめんなさいと思った。


「こちらの村にはまだ……?」

「来ていないと思います。ただもう、怖くて……」

「ですよね」


 想像しただけでも恐ろしい。


「佐野さん! 山の手入れでもなんでも手伝いますから、買い出しに行く時は一緒に行ってもらえないでしょうか!」

「あ、え……はい……」


 まぁどうせ特にやることもないので俺は了承した。


「そういえば、町に行く時リンさんは?」

「助手席で待っていてもらってます」


 頼もしい相棒ではあるが、町だと何かあった時対応できないという話なんだろう。いくらなんでも町でリンさんが軽トラを下りるわけにはいかないだろうし。


「僕、情けないですね……」


 暑くなってきたからか、相川さんは作業着の前を開けている。黒いランニングの下はすごい筋肉で、相川さんがけっこう着やせするタイプなのだということがわかった。背は俺よりも10cmぐらい高い。そんな人が女性のストーカーに怯えているとか不思議に思えたが、そんな体格などで測れるものではないのだろう。


「いえ、俺には相川さんの恐怖はわかりませんから情けないとは思いません」


 きっぱり言うと、相川さんは目を丸くした。そしてくしゃりと笑った。


「……佐野さん、惚れそうです」

「勘弁してください!」


 見よ! この鳥肌を!


「冗談ですよ~。でも少し気が楽になりました。ありがとうございます」


 あはははは! と珍しく大口を開けて相川さんが笑う。その女性が隣町にいたのは偶然だとは思いたいが、そうでない時が厄介だ。女性の動向についてはこれからも情報収集を行うとして、町へ買物に行く相棒ができたのは純粋に嬉しかった。しかも山の手入れも手伝ってくれるというから俺としては万々歳である。

 お昼をごちそうになってから自分の山へ戻る。


「……人間関係ってホント面倒だよな。ポチ、タマ、ユマ、お前たちがいてくれて本当によかったよ」


 そうしみじみと言った次の日の朝、何故か三匹がまた大きくなっていた。


「……なんでだ」


 メジャーで測らせてもらったら高さが1mぐらいになってた。


「どうしてーーーー!?」

「ドウシテー」

「ドウシテー」

「ドウシテー」


 だからお前らが言うなー。




ーーーーー

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