7.隣山の人が飼っている大トカゲは
おっちゃんの家は昔ながらの家なのでけっこう広い。俺からすると家というより屋敷なんて言ってもいいぐらいだ。十何畳もある部屋がいくつもあって、掃除がたいへんそうだなと思う。おじさんたちは夜中まで飲んで、騒いで帰っていった。独り者のおじさんたちは俺と一緒に泊まった。
隣山の女性も泊まったようだった。それを知ったのは翌朝のことである。
散々飲まされて起きるのも億劫だったが、人んちなのでいつまでも寝ているわけにはいかない。しぶしぶ身体を起こしてトイレに行き、水が飲みたいなと思って台所に行くと、おばさんとエプロン姿の隣山の女性が何やら話をしていた。
「……おはようございます。水、いただいてもいいですか?」
改めて明るいところで見ると、女性はかわいらしい顔をしていた。俺と同い年か、下かもしれない。セミロングの髪は少し茶色がかっていて、大きな目をしていた。こんな若い女性が山を買って住むなんて尋常じゃないと思ったけど、自分には関係ないと内心首を振った。女性は俺にペコリと頭を下げた。俺もつられて頭を下げた。
「昇ちゃん、おはよう。昨日紹介はされたのかしら?」
「下の名前は聞きましたけど……」
さすがに実弥(みや)ちゃんと俺が呼ぶわけにはいかないだろう。女性ははっとしたようだった。
「あ! すいません、桂木実弥子と言います。ええと、佐野さんの山の……」
「東側の山に住まわれているんですよね。一月前に越してきたばかりだから何も知らないんです。季節毎の山の手入れとか、大まかでいいから教えてもらえると助かります」
お互いペコリペコリと頭を下げあい、それをおばさんが微笑ましそうに見守っていた。
「はい、昇ちゃんお水」
「ありがとうございます」
井戸水が胃に沁みる。そういえば、とニワトリたちのことを思い出した。
「あ、そうだ。おばさんうちのニワトリは……」
「庭にいるわよ。野菜くずはあげたけど」
「ちょっと見てきます」
「あ……私も見てきますね」
桂木さんも飼っている大トカゲが庭にいるらしい。……うちのニワトリ食われてないかなとちょっと心配になった。
その心配は杞憂だった。
大トカゲは日陰でうずくまっていた。日の光の下で見ると、トカゲとかワニというより西洋系のドラゴンのように見えた。どこで買ってきたんだろう。それとも最初から山に住んでいたのだろうか。
うちのニワトリたちは庭の端の方で虫を捕まえて食べているようだった。
「おーい、ポチ、タマ、ユマ」
声をかけるとユマがとてとてとやってきた。羽をわしゃわしゃと撫でる。なんかまた育ってないか? やっぱり昨日イノシシの内臓だのなんだのを食べたのが原因だろうか。ってそんなに短期間に育つもんじゃないか。
桂木さんは興味津々といった様子で、離れたところからうちのニワトリたちを眺めていた。
「あのぅ……失礼ですけど、そのニワトリの尾って……」
やっぱり気づく人は気づくらしい。
「ええ、なんかニワトリっぽくないですよね。なんか尾が爬虫類系だなーって僕も思ってて……」
初対面の人に「俺」なんて使えない。俺は頭を掻いた。
「鳥って、恐竜の子孫だって聞きますから先祖返りなんですかね?」
桂木さんが首を傾げてそんなことを言った。そう言われてみればそうだ。恐竜から進化したんだもんな。
「……そうかもしれないですね。あの……桂木さんのところのええと、あの大きな……」
「あ、すいません。タツキと言います。トカゲにしては大きいですよね。一昨年の、お祭りの屋台で売ってて……」
あれも屋台で売ってたのか。きっと一昨年は小さい普通のトカゲに見えたに違いない。って、おばさんは一年ぐらい前からと言っていたけど、本当は二年前からこっちに住んでいるんだな。
「そうなんですか。うちのニワトリたちもなんですよ。お祭りの屋台でカラーひよこを買ったんです」
「不思議ですね」
「そうですよね」
少し離れたところから、お互い顔を見合わせて笑ってしまった。
「トカゲって言うよりドラゴンみたいですね」
その方がしっくりくる。そう言うと大トカゲは薄目を開き、なんだか頷いたように見えた。やっぱドラゴンなんじゃないか。
「ドラゴン! そうだったら夢がありますね。そっか、タツキがドラゴンかー……」
桂木さんはなんだかとても嬉しそうだった。確かに自分が飼っている動物が大トカゲよりはドラゴンの方がかっこいいだろう。
「そしたら、佐野さんのニワトリさんたちはコカトリスみたいですね!」
「コカトリス……」
あのでっかいニワトリみたいな化け物か。見られると石になるとかってのはどっかで見たような気がするけど。俺は微妙な顔をした。
「あ、すいません。私、ファンタジーとか好きで……」
「いえ、確かにコカトリスと言われればそれっぽいですよね。尾もトカゲみたいだし。これからまだまだ大きくなりそうですし……」
山で暮らしてる分にはニワトリたちの餌は困らない。なんだかうちのニワトリたちは山に害があるものとないものを食べ分けているような気がするのだ。だってミミズとか食べないし。バッタは今食べてる。
「餌とかってどうしてます?」
そう尋ねると桂木さんはサッと目を反らした。
「ええと……なんでも食べます。だから、その、そちらのニワトリさんたちに襲い掛からないのが不思議で……」
とても言いにくそうに桂木さんが言う。
「失礼ですけど、普段なら襲い掛かるんですか?」
「大きな鳥とかも捕まえて食べてて……」
うわあ、ワイルド。
「そういえばうちの周りマムシが多いんですけど、桂木さんのところはどうですか?」
「そうですね……普通に捕まえて食べてますね……」
ドラゴンさん怖い。
「昨日のイノシシとかは……」
「イノシシは一度見かけましたけど、タツキが襲い掛かる前に逃げていきましたね。山自体なだらかなせいなのかシカはよく見ます。……シカは捕まえて食べてます」
うわあああ。やっぱりドラゴンさん怖い。
「……すごいですね」
「タツキ、今度シカを捕まえたら持ってこよう。みなさんにも食べてもらいたいわ」
桂木さんが言うと、ドラゴンさんは目をうっすらと開け、また頷いたように見えた。人語も解するとかうちのニワトリといいなんなんだ。俺は遠い目をした。
桂木さんの住んでいる山はうちの山より少し高いが、一気に下がって後は丘のようななだらかな部分が多いらしい。俺と同じように山の中腹辺りに家があるという。とりあえずLINEを交換して俺たちは別れた。
彼女と知り合ったことで西側の山の住人にも興味が湧いた。
「おっちゃん、うちの西側の山に住んでる人って……」
「んー……確か男だったかな。あんまり見たことはねえな。いつも軽トラの助手席に髪の長い女を乗せてるってのは聞いたことがあるが」
リア充かよ。爆発しろ。
「……そうですか」
もうしばらくはカップルを見たくないなと俺は思った。
でも出会いは思わぬところに転がっているもので、数日後俺は西側の山の人と邂逅することになったのだった。
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