五月
8.真の闇ってこういうことをいうんだと思った夜、西の山の住人と会いました。
あの日の朝、おっちゃんちに泊まったおじさんたちとおっちゃんちの片づけをした。食器だのこまごまとしたものはイノシシを食べた夜におばさんたちが片付けて帰っていった。俺たちがしたのは重いものを運ぶことや、広い庭の掃除である。俺は特に庭を重点的に掃除した。ニワトリたちがごはんを食べた石の上をよく洗う。いろいろ気を使ってもらってありがたいことだと思った。
ちなみにどうして桂木さんがおっちゃんちに泊まったかというと、桂木さんの知り合いのおばさんの旦那さんが爬虫類を毛嫌いしているからだとか。(桂木さん自身は山暮らしだ)大きさも半端ないし、爬虫類嫌いでなくても普通怖いと思う。
それから数日は穏やかだった。
草は相変わらず元気に繁茂してるし、ニワトリたちは山の中を走り回っている。俺は畑の周りの雑草取りと、荒れている場所の草刈り(ある程度は生えててもいいけど多すぎるのはいけないらしい)、川周りの点検、木々の密集具合によって枝打ちなどやらなければいけないことはたくさんある。この辺りの山は人工林ではないらしく、植生が豊かだ。毎日山野草や花の本を見たり(でも実はあまり一致させられない)、生き物図鑑を見て鳥や虫、爬虫類などの種類を調べたりと忙しい。インターネットがあってよかったなとしみじみ思う。ちなみに俺の見回りには必ず一羽着いてきてくれる。マムシなどがいれば率先して狩ってくれることから、いいボディガードだと思う。なんか本当にただのニワトリではないなーと思うんだけど、買ってよかった。
「あー、明日からゴールデンウィークかー」
夜ビールを空けてふとそんなことを思い出した。
もう出勤もしないから何月何日かも曜日も曖昧になっている。そういえばGWや夏休みなどはこんな田舎にも人が来るのだとおばさんが言っていた。帰省してくる人は山に所有者がいることを知っているから、あまりへんな行動はしないらしいが、問題は観光に来る人々だという。こんなところに観光? と思ってしまうが、適当にやってきて勝手に山の中に入りキャンプのようなことをして後始末もせずに帰っていく者もいるらしい。あとは山菜や筍を勝手に採っていく人もいる。うちの山についてはおっちゃん家族や顔見知りには採っていいですよと許可を出しているが、さすがに見知らぬ人が入ってくるのはだめだろう。うちの山は道路が舗装されているので、この家からもう少し上の方までは車で入れるようになっている。一応麓の方に頑丈な金網は巡らしてあり、俺が出入りする時以外は施錠しているが(鍵のスペアはおっちゃんに預けてある)、それを突破してでも入ってくる人がいるというから驚きだ。人んちを荒らさないで自分で山を買えよってしみじみ思う。
「一応立て札も確認してきたよなー」
”私有地につき立入禁止”とか、”マムシ注意”、”イノシシ注意”、”クマ出没注意”等の看板を人が入ってきそうな場所に設置はしている。実際マムシはよくニワトリが捕まえるし、イノシシまで狩ってきたしな。クマなんか本当にいるのかな。日本列島のクマの分布図とか見たら思いっきりかかってるでやんの。超怖い。
もちろん看板はそれだけではなく”不法投棄は犯罪です”というような不法投棄防止用のものもある。これは村役場から買ってきた。自治体によっては配っているところもあるようだが麓の村にそんなお金はない。なかなかに世知辛い話である。
「明日からしばらくはふもとの方を見回るぞー」
「ミマワルゾー」
「ミマワルゾー」
「ミマワルゾー」
ニワトリたちが合唱してくれた。ありがと。
風呂も入ったしそろそろ寝ようかなと思った時、ニワトリたちの首がクッと上がった。タタッと玄関に向かっていく。
「え? なに? どうしたんだ?」
こんなこと今までになかったから、俺は慌ててニワトリたちを追う。どうやら外に出たいらしい。
「ちょっと待ってろ」
急いで作業着に着替え、上着を羽織って懐中電灯を持ち、一緒に表へ出る。ポチがすごいスピードで山を下って行った。タマが後ろについて山道を走る俺を急かす。
「ってっ! タマ、痛いってっ!」
つつくのはやめてえ~!
アンタが飼い主だからしょうがなく連れて行くんだからねッ! とでもいうような容赦ないつつきによって前が全然見えない中道路を走っていく。これが舗装された道路だからいいけどそうじゃなかったらすぐに転んで大怪我するよな。懐中電灯と少し前をユマが走ってくれてるからどうにか道が見えてるけど、それ以外はマジでなんも見えない。俺の実家もそれほど明るいところにあったわけじゃないけど街灯とかはあったし、自動販売機の明かりとか、建物の明かりなどはあった。あれでも夜は怖いなと思っていたけど山の暗闇ハンパない。街灯がないって本当に危険なんだなってしみじみ思う。軽トラのライトだけじゃとても怖くて夜道なんか走れない。それでも最近のライトはLEDの強力なのがあるから昔よりは危なくないはずだ。と、話が逸れた。
俺はタマに後ろからつつかれつつユマを追いかけて麓の近くまで走らされた。やっとユマが足を止めたと思ったら、なんだか重い物を引きずるような音やシャアアアアッ! と鎖が鳴るような音、そしてバサバサと羽ばたくような音がする。
ええ? 何やってんの?
「リン! もうやめろ! 人んちだ!」
何が起こっているのか調べようと、懐中電灯を音がしている方に向けようとしたら低い声が響いた。
「……え……?」
男性の声だった。誰かいるらしい。俺は何も考えずに声をかけた。
「すいません! 誰かいるんですか!?」
「……全く……」
ぶつぶつとなにか言っているのはわかったが内容までは聞き取れない。ココッ! と勇ましい鳴き声がして、羽があっちこっちに逆立っているポチが俺のところに戻ってきた。
「ポチ! 何があったんだ?」
羽がぐちゃぐちゃなのはしかたない。ポチは本気で山の中をダイレクトに下っていったのだ。だから俺が到着するまではけっこうなタイムラグがあった。
「……すいません、サワ山の方ですか?」
ポチが来た方から現れたのは、全体的に茶色っぽい髪のイケメンだった。
えええ、なんでこんな山ん中でイケメン? と思う。声も低くて渋い。何もかも勝てないなと、俺は内心脱力した。いや、勝負してないけど。
「はい、サワ山の持ち主の佐野です!」
とりあえずこの山は俺のだぞ! と主張してみる。なんとも情けない。
「……お騒がせしてすいません。隣の、ニシ山の相川と申します」
俺は呆気にとられた。図らずしも、西側の山の住人と会ってしまった。途端に俺はキョドる。
「は、初めまして……すいません、その、挨拶にも伺わず……」
「初めまして。いえいえ、うちの山はけっこう急ですし……」
真っ暗な中お互いの懐中電灯の明かりの下で挨拶って、なかなか不思議だなと俺は思った。
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